潰瘍性大腸炎

 

1.潰瘍性大腸炎と手術

2.手術対する考え方

3..潰瘍性大腸炎に対する手術

4.潰瘍性大腸炎の原因と治療

5.大腸を全部切除する

6.人工肛門を避けた手術

7.各手術法による比較

8.腹腔鏡手術



1.潰瘍性大腸炎と手術

 炎症性腸疾患と呼ばれる疾患群のうち外科治療が行われる代表的な疾患は,潰瘍性大腸炎とクローン病です.いずれも治療の第一選択は内科的治療で,患者さんは診断された直後に主治医から手術について説明を受けることは少ないでしょうし,幸いにして発病後何年間も内科治療で十分満足な生活を送っておられる患者さん達は,ご自分の病気と手術とが関係のあるものだとは考えたこともない方すらおられるかもしれません.しかし,実際には30〜50%の患者さんが人生のうち1度以上の手術を経験されています.癌とはちがってこれらの疾患は腸を10cm切除したからといって「根治した」と言われることはありません.残念ですが生涯この病気とつきあっていかれなかればなりませんし,時には病気の勢いの強いときに,十分に納得する時間のないままに緊急に手術室に運ばれることも無いとは言えないのです.そこで今回は外科治療について述べてみたいと思います.この機会に考えてみてください.

 私もそうですが,この世の中で「一度で良いから手術を受けてみたい」と思っておられる方はまずないと思います.これは何故なのでしょう.「当たり前のことを聞くな.」とお怒り方もおられるでしょうが,いったい何故なんでしょうか.多少の生命に危険があるから? しかし自動車や飛行機に乗る事だって危険を伴いますが,それほどご自分の生死を覚悟の上で,これらに乗って旅行をされるわけではないと思います.むしろ大した用事が待っているわけでもないのに高速でのドライブ感覚を楽しむだけのために運転されてい方は多いのではないでしょうか? なのになぜ手術だけは毛嫌いされるのでしょうか?体に傷を付けると言うことに,動物として本能的に恐怖を覚えるからなのでしょうか? では内科の先生方はいったいなぜご自分の患者さんを「できれば外科手術せずに済ませたい」と考えられるのでしょうか.失礼ながらご自分の体ではないのだからこうした本能的な恐怖をお感じになっておられてのことでは無いでしょうし,何か別の感覚で判断されているのではないのでしょうか.では私たち外科医は手術に対してどういう考えなのでしょう,みなさんにも興味のある問題だと思います.


2.手術対する考え方

 もちろん「できれば外科手術せずに済ませたい」と考えているのです.なぜ? 不思議ではありませんか? むしろ内科の先生以上に「できれば外科手術せずに済ませたい」と考えているのではないでしょうか.手術をした患者さんに多く接すれば接するほど,「できれば外科手術せずに済ませたい」と考えるのです.患者さんの多くは「いやなことだけど」手術をすれば「今の病気は治る」とか「今より元気になる」と思っておられるとおもいます.しかし患者さんのこうした望みはなかなか叶えられるものではないのです.手術をすれば「今よりかならず元気でなくなる」のです.


3..潰瘍性大腸炎に対する手術

 癌の患者さんは現在何の症状もないままに手術室に運ばれる方がほとんどです.しかし「癌だから」「放っておいたら確実に命を落とすので」手術を受けいれられるのです.でも体調は手術するまえよりもむしろ不調になるのが通常です.お腹の傷は痛むし,腸の調子が悪くなるし,便秘気味だし,食欲はあまりないし.といった訴えをされる方は多くおられます.でもこの方々は「癌だから」「放っておいたら確実に命を落とすので」という前提があるので,こうした術後の不調にも耐えていかなければならないことに納得されます.

しかし炎症性腸疾患の患者さんはべつにこのままでも命に関わることはほとんどないのです.現状に訴えが無ければ手術する必要は全くない.潰瘍性大腸炎という病気だからといって手術する必要は全くないのです.ましてクローン病の場合は全身の消化管の病気とされていますからどこかの腸管を切除したからといってクローン病がなおるわけでもなんともないので,「根治」を考えた手術などナンセンスです.一方潰瘍性大腸炎は病名からも予測されるとおり,大腸を全て切除してしまえば病気は「根治」されます.しかし,「根治」がそんなに素晴らしいのでしょうか?

手術をしたことによって「根治」の代償となるものもあるのだと言うことを十分に理解しておかなければなりません.「根治」を得るために手術をしたことによって失うものもあるからなのです,

では一体どんな場合に外科手術が必要となるのでしょう今回はこのことについて考えてみましょう.潰瘍性大腸炎とクローン病では若干考え方が違いますのでここでは分けて説明いたします.


4.潰瘍性大腸炎の原因と治療

 この疾患はなかなかはっきりとした病気の原因がわかりませんでしたが,最近の研究により「抗大腸粘膜抗体」の存在が原因ではないかとあsれています.もともと人の体には免疫という力が備わっており,体内への本来自分以外の存在に対して防御をしています.通常は細菌,癌などに働き,これらを殺傷して病気になることを予防してくれるので,少々の細菌の侵入や,癌細胞が形成されたくらいでは自分の力で健康を保つことができるのです.この力を利用したものが,結核のBCGや,種痘,インフルエンザなどの予防接種で,病気になる前に力の弱い病原菌をからだに注入し,あらかじめその病原菌に対する特効薬(これを抗体と呼びます)を体につくらせておいて,本格的な感染が起こした時に,この抗体を大量生産して病原体にうち勝つことができるように準備をしておく方法です.しかしこの免疫の力はいつでも体に有益なことばかりをしているわけではなく,臓器移植手術などでは自分以外のものが体内に存在すると拒絶反応を起こし,手術の失敗につながもととなります.こうした本来「自分以外の存在」に対して作られる抗体が「自分の大腸粘膜」に対して作られたものが潰瘍性大腸炎といわれています.ですから大腸を全て切除してしまえば,「抗大腸粘膜抗体」があってもその活躍の場がなくなりますので障害はおこらず,「根治」するという考えです.


5.大腸を全部切除する

 ですから潰瘍性痔腸炎に対する手術は大腸全摘.全ての結腸直腸を切除すると言うことで,この手術を行った人は腸は小腸から先がないのですから小腸の終末部分を体の外に出して排便をする.すなわち人工肛門を作ることになります.もちろんこれではいささか不便ですので小腸の終末部と肛門の穴を縫い合わせて自然肛門としたいのですが,残念ながらこれではかえって不便さを増すようになります.

 便は小腸の終末部あたりではまだ水分の豊富な水様便,下痢のひどい時に出てくる便です.本来は大腸で水分を吸い取り再吸収するために,固形の便となりますが,大腸がないために水様便のままで排便しなければなりません.また皆さんは下痢の時にもお漏らしをしなくてもトイレまで我慢できますが,これは一旦直腸にまできた下痢便が直腸にたまった状態で肛門周囲の筋肉で出口を閉めていることで我慢しているのですから,大腸を全部切除してしまってはこの出口を閉めることはできません.


6.人工肛門を避けた手術

 そこでなんとかこの筋肉を残した手術ができないものかと工夫されてきました.先に書きましたように潰瘍性大腸炎の原因は「抗大腸粘膜抗体」ですので,なにも筋肉まで取ってしまうことはないじゃあないか,という考えです.つまり便を我慢する事に必要な肛門の(直腸の下部も含みます)筋肉を残しおいて,そこへ小腸終末部を縫いつける方法です.ところがこの「肛門の(直腸の下部も含みます)筋肉を残す」ということは容易なことではありません.そこで現在は次の2種類の方法が行われています.どちらも直腸下部の筋肉のあるところませでは大腸を全部切除する事までは同じです.この時点で約2〜3cmの直腸が残ります.


7.各手術法による比較

a)回腸嚢ー肛門吻合手術(IAA)

 問題は直腸の粘膜ですから,約2〜3cmの直腸の粘膜だけを剥離して残った筋肉の筒に小腸を通してその先の肛門の皮膚と小腸を縫いつける方法です.

 もちろん万全に手術ができればもっとも理想的な手術となりますが現実にはそう簡単ではありません.この「筋肉の筒」をつくるのが問題です.できた筋肉の筒は元々の機能を十分の残せているかが問題となります.どうしてもそうして作成した筒は患者さんが思うように調整するには不十分な場合もあります.特にそこにたまっている便は水様便ですから調整力が重要となります.また,この筒はもともと便に汚染されている直腸から粘膜を剥離して作ったものですから,手術中に不潔になります.筒の内側に便がつくこともあり得ます.そうするとこの筒の中で細菌が繁殖してせっかく小腸と肛門とを吻合してもくっつかないことも起こりえます.

b)回腸嚢ー肛門管吻合手術(IACA)

 前者と区別しにくい名前ですが,一字多いのです.この一字「管」と言う文字だけの違いがあります.「管」が直腸の1〜2cmの粘膜を示します.つまりこの術式はIAAに直腸の1〜2cmの粘膜が残っている術式と言うわけです.出来上がりはそれだけの差ですが,このわずかの差で肛門機能の大きな差になり,排便を調整することがずいぶん楽であることになります.また「筋肉の筒」を作らなくて良いので不潔になることがないために小腸と肛門の吻合はより安全になります.

 このように両者には一長一短があり,それぞれの患者さんにあわせて選択されるのです.

 


8.腹腔鏡手術

突然「あなたは手術でなにが最もいやですか?」と質問しますと真っ先に「おなかの傷」とお答えになる方が多いのではないでしょうか?実際はこのページの3章でも述べましたように,もっとこまった合併症,術後の後遺症があるのですが,まず頭に浮かぶのは「傷」ではないでしょうか?
おなかに大きな傷ができたら,気持ち悪がられる,痛そう,水着になれない.手術には様々が後遺症があるために,これまで傷の大きさについては外科医には以外と軽視されてきた経緯があります.この腹腔鏡手術がはじまった当初は「傷を小さくするだけのために,あんな不完全な手術をするなんて外科手術の外道」とさえ言われてきました.
 しかし以外とこのおなかの傷が,そのほかの後遺症の原因になっていることがわかって来たのです.

おなかのなかから臓器を取り出す手術はこれまで,おなかを開いて(開腹して)周囲のリンパ節を含め胃や大腸を切り取り、残りの部分をつなぎ直していました。しかし、そのためにはおなかに10cmから20cmの傷をつけて内臓を外に取り出さなければなりませんが,大きな傷による合併症も心配です.特に癒着が原因の腸閉塞は開腹による手術操作が原因とされています.元々おなかの中は臓器同士が癒着をしないように腹膜や漿膜と言う膜によって覆われています。ちょうどお餅を重ねて箱につめておくとくついてしまいますが、一つ一つ片栗粉をつけておくとくっつかずに取り出して使えるのと同じです。おなかの中の壁や腸管はそうした働きのある薄い膜(腹膜)で覆われ癒着を防いでいるのです.でも手術のために開腹すると.腹膜も開いて中の臓器を外に取り出さなければならないので,腹膜に傷が残ります.また腸自体もおなかの外に出すことで,表面に傷が付きます.これらはどちらも癒着の原因になります.もちろん癒着すれば全て腸閉塞になるわけではありませんが,傷は小さければ小さいほど癒着は少なくてすみます.また開腹をするときに腹直筋などのおなかの筋肉を切るので、体を動かす時の痛みの原因になり,手術後寝たきりの期間が長引き,肺炎などの原因となります。

 臓器を外に出さずお腹の中だけで手術をすれば,お腹の外へ臓器を引っ張り出す必要はなくなり,腹膜に大きな傷をつけることもない.それで合併症が少なくなる.これが腹腔鏡手術の利点とされています.

ちょうど飛行場で旅行鞄の一番底に入れてしまった財布を取り出すのに鞄のジッパーを全部開いて上の荷物を一つ一つ引っ張り出して探すと,洋服は散らばるし,入れた順番はめちゃくちゃになるし,入れ忘れるしと大変なのですが,ちょっとだけジッパーを開けて手を突っ込んで取り出すと,中の洋服も汚れず,順番も変わらずといったことと同じでしょうか.

お腹の中にテレビカメラを入れ,その画面を見ながら3〜4カ所の器具を入れる穴をあけて手術をする方法です.お腹の中に入れるテレビカメラが腹腔鏡.これを用いて手術をするので腹腔鏡手術と呼ばれています.

 最近では腹腔鏡手術が進歩してきて,これまでは「不完全な」といわれていた手技も「完全な」手技として認められて胃癌た大腸癌にも行われだし,むしろテレビカメラで実施より拡大して見ることが出来ることで開腹手術より正確な手術が出来ると考えている外科医もいるくらいです.さらに,手術による出血が少ない,手術後の疼痛が少ない,手術による癒着が少ない,手術後の運動の制限が皆無である,といったことなどが挙げられますが,大腸癌の手術は我々の大学病院でもすでに主流になってきていますが,この方法で潰瘍性大腸炎の手術や,クローン病の手術でも行われています.これは先に述べましたIAAでもIACAでも可能ですので,すでに手術をされた患者さんには申し訳ありませんが,もっともっと快適な術後生活がおくれることと思います.