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グッチーさん 神奈川県 30歳 男性 

1.今までの概略の巻

平成14年4月上旬に大腸全摘オペを1期で済ませましたので体験談を書きます。

発症してちょうど8年たちますが、はじめの5年は症状が軽く、ペンタサで緩解を維持できていました。ペンタサをしっかり飲んでいたにもかかわらず6年目に突然再燃して、初めて2ヶ月ほど入院し、ステロイドを使いました。

調子がいいと薬を飲むのを忘れたり、やめたりしてしまう方がいるようですが、“すっかり良くなっても5年くらいはペンタサを飲みつづけた方がいい”と言いますから、油断しない方がいいと思います。

その後も入退院を繰り返し、結局2年半くらいの間に合計4回入院しました。入院期間は最長で2ヶ月、最短で1週間、平均では3週間ちょっとでした。


2.漢方薬の巻

平成12年の10月に再燃して以来、ステロネマやプレドニン内服でずっとステロイドから離脱できず、1年半もの間、ずっとステロイド漬けになっていました。そんな時、知人に漢方を勧められました。漢方薬専門の病院で漢方薬を何種類も処方してもらい、保険が効かない病院だったので、1ヶ月に5万円くらい払っていました。ちなみにその病院はUC患者がかなりいるそうです。

漢方薬は「飲み始めは一度具合が悪くなって、それから効き始める」といいますが、案の定、飲み始めると下痢や出血がひどくなり、いつになったらその「飲み始めの悪くなる時期」が過ぎて「効き始める」のかと思っていたら、悪くなる一方で、結局3ヶ月間下降の一途でした。

その結果、5回目の入院となり、絶食&IVHで大腸を休め、様子を見ることになりましたが、ちっとも良くならず、ステロイドの大量投与をしようかという話が出ました。


3.ペンタサ注腸の巻

入院したときは、プレドニン1日10mgくらいでしたが、すでにステロイド総量が1万mgに近づいていたことや、1年半もステロイドから離脱できていないこと、骨密度が90才相当まで落ちている(同年代の標準値の70%程度)ことから、これ以上のステロイドによる治療はせず、最後の手段として顆粒球吸着療法(GCAP)を試すことになりました。

顆粒球吸着療法は入院していたその病院ではできないため、都内の某大学病院へ転院することになりましたが、ベッドが空いていないため、空きを待つ間にペンタサ注腸をその病院で初めての試みとしてやってみることになりました。

1日9錠飲んでいたペンタサのうち5錠は内服で、あとの4錠をすり潰して粉にし、微温湯100ccに溶かします。これを看護婦さんに注腸してもらうのですが、結構ハズかしかったです・・・・これがプレドニン20mgだったか25mgだったか忘れましたが、結構なステロイド量に匹敵するらしく「だったら何で副作用の強いステロネマとかやるの?????」と思いましたが、やってみると本当にかなりの効果がありました。

試す前と後で直腸だけ内視鏡をやってみたのですが、試す前は内視鏡が腸壁に触れるだけで出血していたようなひどい状態だったのですが、1週間後には腸壁も丈夫に(?)なり、目に見える出血はすっかり無くなっていました。ただし、あくまでも直腸だけの話です。それより奥は見てませんから、どうなっているか分かりません。奥から出血があるようで、黒い血液だけがドバッと出るような状態は改善されませんでした。

これからペンタサ注腸薬が日本でも認可になれば(現在は認可されています)、治療の選択肢がすごく広がりますね。・・・・というか、ペンタサ注腸が効く人なら、ステロネマとかプレドニン注腸はもはや不要という気もします。


4.顆粒球吸着療法の巻

いよいよ大学病院のベッドが空き、転院しました。顆粒球吸着療法は最初の1週目だけ月曜日と木曜日、それ以降は毎週月曜日というスケジュールでやり、合計5回で1クールということでした。

大学病院の主治医によると、3回やって効果が全く見られない場合、4回目以降に急激に効いたという症例は過去に1度もないので、もし3回目が終わって変化がないようなら全摘手術を考えた方がいい、と言われました。で、実際に3回目が終わっても、全く変化はありませんでした。

ちなみに顆粒球吸着療法(GCAP→ジーキャップと呼ぶらしい)と白血球除去療法(LCAP→同様にエルキャップと呼ぶらしい)は血中の除去する成分が違うようですが、大学病院の主治医によると、“こっちの方が効果があるぞ”という差は今のところ出ておらず、これから臨床実績を増やして、どういう違いがあるのか研究していくとのことでした。


5.免疫抑制剤の巻

私としては、手術の前にできうる治療の全てをやっておきたかったので、「免疫抑制剤による治療をやらずして手術はできない」と、大学病院の主治医に訴えました。すると、主治医はキッパリと免疫抑制剤に使用を否定しました。理由としては、過去に私と全く同じパターンで、顆粒球吸着療法が効かなくて免疫抑制剤を使ったところ、それも効かなくて、そのまま全摘手術になった方がいらしたそうなんです。その方は、ステロイドで免疫が下がっているところにさらに免疫抑制剤で免疫を抑えていたため、手術後に肺炎を起こし、もうダメかと思ったけれど、なんとか命だけは取りとめたとのことでした。

主治医は、「免疫抑制剤は効くとか効かないという前に、副作用も強いし、難治性のUCの場合は全摘手術をしたほうが絶対にいい。術後はほとんどの人が満足している」と手術を強く勧めました。「全員」ではなくて「ほとんどの人」というのが気になりましたが・・・・

ちなみに手術を勧めたその主治医は内科医です。外科医なら手術を勧めるのは分かるのですが、内科の先生からそれだけ強く手術を勧められるとさすがに説得力があり、「もう内科的治療でできることは無いのかな」と感じました。

術後の満足度に関しては、「踊れ難病患者」というホームページの「オペ患者のアンケート」がとても参考になりました。


6.手術決断の巻

そんなわけで以下の理由により、手術を決断しました。

理由1:ステロイドの総量が1万mgに近く、副作用で骨密度が90才相当にまで下がっており、眼圧も上がっていることから緑内障が出る可能性もある。
理由2:以前よりステロイドが明らかに効かなくなってきている。
理由3:ステロイドから1年半も離脱できず、それでも緩解に持ち込めない。
理由4:できうる内科的治療法がパルス療法などのステロイドの大量投与と免疫抑制剤以外にもう無い。
理由5:発症から8年経っており大腸ガンになる危険性が高い。

ちなみにUCじゃない普通の人は、キノコのようにポリープがはえてくることが多いので、内視鏡で大腸ガンが見つかることが多いらしいのですが、UC患者の場合、炎症を起こしている大腸粘膜に平たくガンができるので、UCによる炎症とガンの区別がつきにくく、発見が非常に難しいとのことです。また、実際にUC患者で大腸ガンになった人ってほとんど知らなかったのですが、転院してUCの知り合いが増えると、UC歴が長い20代とか30代の人で大腸ガンが見つかっているケースに何回か出会いました。

大腸ガンが見つかった人は、「1年に1回の内視鏡検査じゃ、一度見落とすと次に見つかるのは早くても1年後だから、オレは3ヶ月ごとに内視鏡やってたけど、見つかった時はリンパ節まで転移してた・・・・若いとどんどん進行しちゃうからホント、ヤバイよ。」と言ってました。


7.二度目の転院の巻

手術を決断したところ、主治医から「手術をするならどの病院でやろうと思っていますか?」と聞かれました。入院していたその大学病院は、大腸全摘手術で有名な先生もいらっしゃる大学病院だったので、内科の先生方は「やるんなら当然ウチの病院の外科に移す。」と思っていると信じ切っていましたので、主治医の私に対するこの質問は意外でした。

以前より、もし手術するのなら、大腸全摘手術の実績数が多い(去年は60症例以上あったようです)Y市民病院のF先生にお願いしたいと思っていましたので、その旨主治医に伝えました。すると主治医は、「F先生ならこの業界で知らない人はいないくらい有名な先生だから、任せておけば間違いないよ。」と言ってくれ、気持ち良く転院することができました。

ちなみにY市民病院は開腹で大腸全摘手術をしますが、実は腹腔鏡手術がいいなぁと思っていました。で、腹腔鏡手術の実績が多い病院を探したんですが、過去数年で30症例くらいのところばかりで、決定的だったのは技術的に1期で済ませられないことでした。開腹手術で1期で済ませることできるようになったのがここ3年くらいの話のようですから、まだ発展途上である腹腔鏡による大腸全摘が2期になってしまうのは、当然といえば当然でしょう。

ちなみに腹腔鏡オペのメリットは、癒着しにくいこととか術後の回復が早いなどですが、大腸全摘の場合は、カメラを入れる穴以外に、大腸を摘出するために5センチくらいは開くそうです。(開腹した私のキズは10センチくらいでした)

話は戻りますが、Y市民病院に転院するとIBD患者がすごく多くて、6人部屋のうち2人がUCで4人がCD、さらにとなりの部屋は6人のうち2人がUC、2人がCDなんていう時もありました。手術の時の話などいろいろ聞くことができて、ためになりました。


8.手術までの準備の巻

Y市民病院に転院した時、ステロイドを1日10mg使っていたのですが、手術をするのにステロイドを使っていていいことは無い、ということで転院翌日から5mgに落とし、その3日後くらいには0mgというようにサッサと切ってしまいました。

手術はストマ(人工肛門)を造らずに、1期で済ませることになりました。その時使っているステロイド量や、全身の栄養状態などを総合的に見て、1期で済ませるか2期に分けるかを決めるそうです。基準としては、過去1ヶ月のステロイド量がプレドニン換算でだいたい300mg以下だと1期でできる目安となるようです。それよりステロイド量が多かったり全身状態が悪いと、Jパウチ自体の縫い目やJパウチと肛門管の縫合部分がくっつきにくく、1期目は大腸摘出とストマ作成のみにして、ステロイドの影響が切れた頃、2期目でJパウチ作成とストマ閉鎖という具合になるようです。

私の場合は、手術の1週間以上前にステロイドを切ってしまったので、過去1ヶ月の量は180mgくらいでした。また、手術を受けるのに、なるべく体力をつけておいた方がいいということで、転院してきてからは歩き回ったり、血便は止まっていないのにIVHの他にお菓子やアイスを食べて、栄養をつけていました。(と言っても、実はただ単に食べたかっただけです・・・・・)


9.硬膜外麻酔の巻

腸の手術を受ける場合、硬膜外麻酔といって全身麻酔とは別に腰のあたりから痛み止めの麻酔をかけることが多いそうです。無痛分娩にもこの硬膜外麻酔が使われているようです。これがよく効くそうで、“この麻酔が効けば術後の痛みもたいしたことない”と言う人もいましたが、この麻酔を使う前に事前に血液の検査をしました。耳に針を刺してちょっとだけ出血させて、何秒で止まるかという凝固検査と言われるものです。出血が止まりにくい人は使えないんだそうです。私はギリギリでダメでした。

UCの人は栄養状態が悪い人が多く、そのせいで出血が止まりにくいことが多いとのこと。

ちなみに、使ったけど全然効かなかったという話も聞きますから、この辺は麻酔科医の腕によるのかもしれません。


10.手術前日の巻

前日の手術の説明の時です。怒られるかなぁと思いつつ、恐る恐る
「・・・・・先生、じ、じつは・・・結構お菓子とか食べてたんですけど大丈夫ですか?」
「別に構いませんよ。」
「・・・・・下剤とか飲まなくて大丈夫ですか?」
「お腹を開いてみて汚かったらそこだけ洗いますから。」
「ああ、そうですか・・・・」
あっさりとしたやり取りでした。

これは私の考えなのですが、小腸を縫ってJパウチを造ったり肛門管と縫い合わせたりすることを考えると、ずっと絶食して小腸を使っていない状態よりも、大腸の具合があまり悪くならない範囲で小腸に食べ物を通してやって、なるべく普段使っている状態に近いようにした方が、縫い合わせた時のくっつき具合とかもいいんじゃないか、と思います。UCの場合、小腸は別に具合が悪いわけではないですから。
   
手術前の説明の時は、先生と手術について話せる最後の機会ですから、確かめておきたいことを事前にメモしておき、聞き忘れのないようにしておきました。例えば、
・癒着防止シート(セプラフィルム)はなぜ2枚までしか使えないのか?
・パウチはJ型以外に例えばW型にするということについてはどうなのか?
などです。
癒着防止シートは保険で2枚までと決まっているらしく、「それ以上は自腹で・・・」と言っても、それは混合診療というものに当たるためできないとのことで、パウチの型は世界的にもJ型が中心で、容量もこれで十分とのことでした。


11.手術当日の巻

午後1時くらいからの手術だったので、12時前くらいから全身麻酔がよく効くような点滴をして、12時半くらいに鼻に管を入れました。この管は、全身麻酔で胃腸の働きが鈍くなって吐き気が出ることや、胃液が腸のつなぎ目に負担をかける場合があるので、それを防止するために胃に入れるとのことです。手術室に入って麻酔が効いてから入れてもいいのですが、目が覚めたときに、この鼻管を入れているせいでオエオエとすごい吐き気がしたという話も聞きまして、術後の痛みと吐き気がいきなりダブルで来てもキツイなと思ったので、どんな具合か確かめておく意味も含めて、意識があるうちに入れておきました。

手術室に入り、名前と生年月日を言うと、口元に麻酔のマスクが当てられ、一瞬で眠りに落ちました。その3秒くらい後、(実際は2時間半後だったのですが)「終わりましたよ〜!!」という看護婦さんの声がして、家族の声も聞こえましたが、顔は覚えていません。遠い意識の中で激しい痛みがあって、「いてぇよ〜!!!」と騒いでいたことは何となく覚えているのですが、あとはあまり良く覚えていません。


12.手術直後の巻

摘出した大腸はそれ程ひどい状態ではなかったものの、出血していた跡がいたるところにありました。ペンタサ注腸をやっていたためか直腸が一番きれいで、上に行くに従って出血していた跡が多くなり、上行結腸が一番ひどい状態でした。

午後3時半頃に手術が終わって一度起こされ、午後5時頃、家族から「もう帰るからね」とまた起こされ、次に自然に目が覚めて時計を見ると、夜中の12時くらいでした。その時はまだ意識がハッキリせず、あまり覚えていません。その後、「ああ、これから手術をするんだな・・・・・、いや、もう終わって今はリカバリールームにいるんだ、イテェなぁ・・・」という夢と現実が混ざったような夢を2回くらい見ました。

記憶がハッキリしてきたのは明け方の4時頃からです。眠り過ぎのためか、起きていると痛いから眠ってしまおうと思っても眠れなくなってきて、痛みがひどく、寝返りをうつと、鼻管がノドのあたりで動き、オエッと吐きそうになります。だいぶ眠ったかな、と思って時計を見るとまだ5分しか経っていない・・・・・そんな状態がずっと続き、痛み止めや吐き気止めを点滴してもらって何とかしのいでいました。朝の8時頃になって、朝の回診で福島先生と小金井先生が来て下さり、さっそく鼻管を抜いてもらったところ、吐き気が無くなりかなり楽になりました。

この鼻管はあまり早く抜くとヤバイようです。吐き気が出てきて、「オエッ」って吐いたときに腹筋に力が入り、傷口がちょっと開いて出血してしまい、また管を入れ直して回復室へ逆戻りという人もいました。


13.大部屋に戻るの巻

昼前には回復室から大部屋に歩いて戻りました。人によっては歩けずに車椅子で戻ってきたり、麻酔が完全に切れていないため、戻ってきたこともあまり覚えていないという人もいるようです。逆に手術が終わって手術室を出るときに、もう目がパッチリ覚めてしまったという人もいて、この辺も麻酔科医の腕によるのかもしれません。

病室に戻ってきてあらためて自分の体を観察すると、首の下に入っていたIVHの管の他に、脇腹にはJパウチの縫い目あたりから出てくる血液や腹水を出すための腹腔ドレーン、肛門からは腸液(便)を出すためのドレーン(先が風船みたくなっていて肛門から勝手に抜けないようになっているらしい)、さらに尿管まで入っていて、合計4本の管につながれていました。栄養分の吸収も排泄も「全自動」ですから、自らトイレに行く必要は全くありません。

また、脇腹から出ている腹腔ドレーンからは、日々血液の量が減ってきてだんだん透明の液体になってきました。


14.トラブル発生の巻

尿管は術後2日くらいでさっさと抜いてしまいましたが、尻管と脇腹の腹腔ドレーンは術後1週間くらいは入れておくようです。もちろんその間は絶飲食です。

術後1週間くらいして、尻管から造影剤を入れて注腸検査をしました。Jパウチの縫い目や肛門管との吻合部から漏れている様子は無く、その場で尻管を抜き、腹腔ドレーンもまだ結構な量が出ているのに抜いてしまいました。すると、腹腔ドレーンから外に出ていた液体がどんどんお腹に溜まって張りが出てきました。また、尻管を抜いたところで普通の人は自分でトイレに行って便を出せるのですが、私の場合、肛門の括約筋がギュッと収縮してガスも便もうまく出すことができませんでした。

その結果お腹はパンパンに張り、熱も39度近く出てしまいました。レントゲンとCTで確認したところ、かなりの腹水が確認され、熱の原因は腹腔ドレーンを早く抜き過ぎたことだろう、ということで再び入れ直しました。

また、尻管についても「今回と同じようにガスと便がうまく出せなかった人は過去に3人くらいいます。そういう場合はもう一度入れ直して2〜3日後にもう一度抜いてみれば大丈夫です。」ということで、これまた管を入れ直しました。こういうマイナーなトラブルのときは、同じ手術をたくさん経験している先生だと安心だな、としみじみ思いました。


15.食事開始の巻

腹腔ドレーンと尻管を入れ直して数日後、熱も下がり、尻管を抜いてみたところ、今度はうまくいきました。腹腔ドレーンはまだ入れたままですが、流動食が始まりました。

初めのうちのトイレ回数は1日16回くらいで、睡眠中も2回くらいはトイレに起きてしまい、最長でも3時間くらいしか連続して眠ることができなかったため、いくらでも昼間に睡眠を補えるものの、睡眠不足というか、1日中だるさを感じるようになってしまいました。そこで、下痢止めのロペミンを飲んでみることにしましたが、1錠でもかなり効き、効きすぎると腸閉塞を起こす場合もあると聞かされていましたので、カプセルを開けて中身を半分出してまたフタをして0.5カプセル分だけ飲んでみました。腸閉塞になるとホント大変ですから・・・・・

朝晩1カプセルずつ飲むようになっていたので、まず朝食後に0.5カプセル飲んだのですが、昼食時になっても効く気配は無く、1カプセル飲んでちょうどいいくらいかな、と思っていたところだんだん効きはじめました。垂れ流し状態だったのがメリハリが出てきたというか、落ち着いてきたというのが一番当てはまる言葉でしょうか。その0.5カプセル以来、ロペミンは全く飲んでいませんが落ち着いてきています。

ちなみにロペミンより効き目が弱いフェロベリンという薬は飲んでも飲まなくても全く変化が感じられないので、最初の1週間くらい飲んで以来、飲むのをやめました。

その後、流動食→3分粥→5分粥→全粥という順に2日ずつかけて上がっていき、手術から約3週間後、退院しました。


16.退院後の食事の巻

ここから先は特に個人差が激しい部分だと思いますので、術後はみんなこうなる、とは思わないで退院後2週間の人の一例として読んで下さい。

自宅に戻ってきて、さっそくマックのハンバーガーを食べました。腸閉塞にならないように、最初のうちは一度にたくさん食べず回数を分けて食べるのがいいと聞いていましたので、病院食も全部食べていませんでした。そのためか、胃が小さくなっていてハンバーガー1つで満腹になってしまい、他のものは一切食べられませんでした。

腸閉塞にならないよう、ワカメ、トマトの皮、もやし、たけのこなどの、いかにも詰まりそうなものや、あまりかまずに飲み込んでしまいがちな麺類は今のところ避けていますが、それ以外のものは何でも食べています。カレーライス、コロッケ、カツ丼など、大腸があった時は怖くて食べられなかったものも、今のところ全く問題なく食べています。今までの反動がすごいというか、無意識のうちに脂質が多いものを選んでしまっているような気がします。

退院後の2週間で2度ほど腸閉塞気味になったことがあります。1回目は、回数は分けて食べていたものの一日の食事の絶対量が多かったためか、ガスが溜まっておながか張ってきました。蒸しタオルでお腹を暖めたら2時間くらいでガスも出て楽になりました。

2回目は、あまり外出もしないでゴロゴロしていたためだと思いますが、(というかそれ以外に原因が考えられない)腸の動きが悪くなって、またしてもガスが溜まって「ア〜、イテ〜!!!」とゴロゴロ転がりながら騒いでいました。2回ともガス便は少しずつ出ていたので、プチ・イレウスってところでしょう。こんなんでもかなり痛かったので、本格的なイレウスになったらどんなにツライことでしょう・・・・想像しただけで怖いです・・・・


17.退院後の便回数の巻

便の回数は1日8〜12回くらいで泥状便ですが、ガマンしようと思えば便意を感じてから1時間くらいはガマンできますし、再燃中みたいにしぶり感はありません。再燃中は便意を感じてから30秒くらいしかガマンできないこともあり、2回ほどトイレに間に合わなかったこともありますが、今は回数は多くても外出にはそれほど困りません。体力的にまだそんなに出歩けませんが・・・・・

便が泥状便だと、ガスだけ出せる時もあるのですが、水分を取り過ぎた時など、たまに水様便になってしまうことがあり、その場合はガスを出しにトイレに行き、ついでに便も出るといった感じです。また、横になっていればガスだけ出すことも可能ですが、ガスだと思って出すと実は便だった・・・・・というパターンもあります。

一日のリズムとしては、朝起きてすぐ1回目、朝食後に2回目、昼食前に3回目、昼食後に4回目、夕方に5回目、夕食後6回目、寝るまでに7、8、9回目、夜中に起きて10回目といった感じでしょうか。もともと朝や午前中にトイレに行くことは少なかったのですが、私の場合、かなり時間帯によって偏りがあります。朝食後8時間くらい出ないときもありますし、夕方から就寝までの間に連続して6回くらいの時もあります。たぶんこれは人によってバラバラでしょう。


18.最後に(補足も含めて)
今まで長々と書いてきましたが、別に積極的な手術を勧めているわけではなく、手術決断の参考になればということで私の場合を書いているだけですので、誤解しないようにお願いします。やっぱり手術をしないで緩解期を維持できるのが一番いいですからね。

私のようにいつの間にか難治性になってしまった場合、ついステロイドに頼り過ぎてしまいがちですが、私の場合、骨密度や眼圧などの副作用を見ながら、あるところで「もうこれ以上ステロイドは使わない」というラインを心の中で何となく決めておいたので、いいタイミングで手術でき、1期で済んだのではないかと思います。

また、肉体的にも精神的にもキツい時に手術をするのは本当に大変なので、頻繁に再燃・緩解を繰り返す人で手術しようと思っている人は、緩解期を狙って手術することを強くお勧めします。緩解すると「このまま手術しなくても済むんじゃないか・・・・」と思ってしまいがちですが、ホント、体力があるときの方が術後の合併症も少ないし、回復するのも早いですから。

あと、手術直後に無理をしてでも歩いた方が癒着しないって言いますけど、体力が無い時に手術すると、術後に歩くのもツライですからそういう意味でも緩解期の手術はいいと思います。

癒着といえば、医師に聞いた話ではないので本当かどうか分かりませんが、術後1週間で癒着具合が決まるとか聞きました。癒着は手術でお腹を開いた人の宿命ですが、癒着すると腸がスムーズに動かず腸閉塞を起こしやすくなるので、そのためにも、私は術後1週間は特に頻繁に歩きました。「連続3時間以上はベッド上にいない」と決めて歩くようにしてました。

また、歩けない場合は寝返りをうつだけでもいい、とも聞いたのでベッドの上ではなるべくゴロゴロ寝返るようにしてました。

それと、腸閉塞の他にJパウチと肛門管の縫い目あたりが狭くなってしまうことがあるようで、その時は指で強制的に広げるという荒技をやるようですごく痛いらしいです・・・・・
  
最後に、今の段階での手術して良かったことと悪かったことを書いておしまいにします。
  
良かったこと
1.薬を一切飲まなくて良い
2.一部の詰まりそうなもの以外は何でも安心して食べられる
3.将来、大腸ガンになることがない(残っている直腸1.5cmくらいに発生するかもしれませんが・・・)
4.腸閉塞にでもならなければ、基本的にUCでの入院はもうない(はず)なので、頻繁に入院して職場で迷惑を掛けることがない(はず)
5.カゼをひいた時など、風邪薬や他の飲み薬が再燃のきっかけになることがない

悪かったこと
1.便回数が増えるので少し不便
2.腸閉塞になったら鼻から管を入れるのが怖い
3.手術が痛かった


2002年5月    大腸全摘手術をしました(その後)
オペ後1ヶ月ちょっとの時に体験談をまとめましたが、オペをした患者がその後長期的にどうなるのか興味がある方も多いかと思い、その後の経過を取りまとめることにしました。

19.職場復帰の巻

退院して3週間ほど経ち、いよいよ職場復帰することになりました。再燃して入院して以来3ヶ月も休んでいたため体力が相当落ちており、マイカー通勤で1時間もかからないのですが、職場に到着すると肩で息をする程バテてしまうような状態でした。仕事はデスクワークが中心なのですが、机に向かっているだけで体力を消耗していくのがよくわかり、「遊びで1日中出歩いても大丈夫だったのに・・・・仕事と遊びではやっぱり違うんだな。」としみじみ感じました。


20.お腹が張るの巻

退院して1ヶ月も経たない頃から、どうもおかしなことに気付き始めました。お腹が張って痛むことが頻繁にあるのです。もともと大腸があったときから、食べる時の癖なのかゲップがあまり出せないためなのか、触診で「だいぶガスが溜まってますねぇ」といつも言われていました。これはイレウス(腸閉塞)の症状なのか????便は1日10回以上出ているのに張って痛い・・・。ガスが1箇所に停滞してしまって動かないような症状、これが頻繁に発生し始めました。

そして原因が何となくつかめたのはある休日のことでした。平日は仕事で疲れきってしまうので、休みの日は1日中ゴロゴロしていました。その日の食事は朝からおかゆのような消化のよいものや飲み物ばかりで、ろくに固形物は摂っていないような状態にもかかわらず、夕方からお腹が張り始めたのです。「もしかして、あまり動かないでゴロゴロしてると腸の動きも悪くなって詰まり気味になるのかな?」そう思って自分の体調を気をつけて見ていると、やはり休日にゴロゴロしている時に詰まり気味になることがわかってきました。

それならば、腸の動きを良くすればいい、ということで、Y市民病院に外来で行った時に大建中湯(だいけんちゅうとう)という腸の動きを良くする漢方薬を処方してもらいました。この大建中湯は、オペ後の腸閉塞防止によく使われる薬で、かなり重宝しました。


21.情報不足で困惑の巻

大建中湯を飲んでいるにもかかわらず、また、1日中ゴロゴロしているわけでもないのにイレウス(腸閉塞)の症状は頻繁に起こりました。病院食で言うところの5分粥を半分食べたくらいで詰まり気味になるような状態だったので、カロリーメイトのドリンクや10秒チャージの某ゼリーなど、とにかく詰まらずに栄養を摂取することを考え、何とかしのいでいるという日々でした。

インタ−ネットで情報を収集しようとしましたが、役に立つ情報はほとんど得られませんでした。今でこそUC外科治療に関するメーリングリストがあり、本当にいろいろな情報が得られますが、UCで大腸全摘した人自体が何万人もいるわけではないし、その中で同じようにイレウスで苦しんでいて、なおかつネット上に出て来る人なんてほとんどいないと考えると、無理もなかったのでしょう。


22.腸閉塞で入院の巻

イレウスの症状としては、お腹が張って痛い、それがもっとひどくなると吐き気がしてくるのですが、吐くほど詰まったことが2回ほどあり、そしてオペ後3ヶ月が過ぎた7月、ついにやってきました・・・・本格的なイレウスです。何時間も便やガスが全く出なくなり、痛みのため一人で歩くこともできないような状態でした。夜中にタクシーで1時間かけてY市民病院へ行き、レントゲンを撮ると当直の医師は「これはスゴイ!完全に詰まってますね。」 ・・・仕方なく鼻からオペの時に入れたあの管を入れ、入院することになりました。

この管を入れることによってお腹の張りは一気に良くなりましたが、やはり猛烈な吐き気は耐え難いものでした。のどに指をずっと突っ込まれているような感じと言ったらよいでしょうか、眠いので寝ようとしても「ゲェェェ〜、オエェェ〜」とその夜は大騒ぎでした。いわゆるのどの反射ってやつですね、これが私の場合、特に強いようです。以前、胃カメラを飲んだときも「オエェ〜、ウエェ〜!」と大騒ぎでしたから。


23.祝・開通!の巻

管を入れて2時間くらいした時、あまりの吐き気に耐えられず、自分で管を引き抜いてしまいました。私のこの勝手な行動を当直のナースはすばやく察知し、
「抜いちゃったんですか?もう・・・・」
「すいません。またお腹が張って痛くなったら入れますから・・・・」
「先生に聞いてきます。」

そして数分後、医師からOKが出ました。ほっとしてそのまま1時間ほど眠り、明け方の4時頃に便意を感じたので「もしや・・・」と思いトイレに行くと、詰まっていたものが大量に出て、バッチリ開通しました!その2時間後にもまた大量に放出し、そのまた3時間後にも大量放出! お腹がペッタンコになりました。この時私は、「ゲーゲー吐いて腹筋を散々動かして、胃もずいぶん動いたから、小腸もそれにつられて動いたのではないか」と思いました。

そしてこの時以来、詰まり気味の時は自分で指をのどに突っ込んでわざと吐くことにしました。ちなみにイレウスの時は手術用の管で済めばラッキーです。重症になると、イレウス管と呼ばれるもっとずっと太い管を鼻から腸の詰まっているところまで入れて、吸引することもあります。これはまさに拷問です・・・・明け方に開通し、その日1日は絶食でしたが、翌日の朝食から3分粥が始まり、昼食からはもう5分粥、翌日は全粥となり、結局4泊5日の入院でした。

退院の時、ラコールという栄養剤、ガスコンというガスが発生するのを抑える薬を処方してもらい、しばらくラコールを補助食として、通常の食事は少なくすることになりました。友人には「結局、前より強い食事制限して、手術した意味ね〜じゃんかよ!」と言われていましたが、私にとっては食べる楽しみより鼻から管を入れる苦しみの方が数倍大きいので、当分このままでいいや、と思っていました。


24.再手術?の巻

退院して10日後、外来に行ってきました。退院後も何度かプチ・イレウスになっていたことを先生に話すと、「癒着が原因であまり頻繁に詰まるようなら、癒着を剥がす手術を考えた方がいいかもしれない。」と言われました。

しかし、癒着を剥がすためにお腹を開けば内蔵が空気に触れてまた癒着しますから、結局同じではないかと思いましたが、癒着により腸閉塞を起こす確率が例えば10%だとすると、その10%に入った人が手術で癒着を剥がして また腸閉塞を起こす確率は10%の2乗になるわけで、つまり確率としては1%くらいの確率になる、そういう考え方でいいと思う、とのことでした。

この時私は、「小腸のどこかが折れ曲がった形で癒着していて、そこが詰まる原因になっているんだ。しかも詰まると2回痛くなることが多いから、2箇所折れ曲がっている所があるんだ。」と確信していました。


25.小腸造影の巻

癒着を剥がす手術をする前に、本当に折れ曲がって癒着しているのか、つまり通過障害がどこかにあるのか、小腸造影検査をしてみることになりました。胃から小腸を全て空にして造影剤を流し込むので、大腸があった頃のように下剤を飲みました。

検査の方法ですが、またしても鼻から管を入れます。ただし、造影剤を流し込むためだけのものですから、糸のような細い(と言ったら言い過ぎかな?)管でした。クローン病の人が夜間寝ながらエレンタールを鼻から流し込むのに使う管です。

その管を鼻から入れ、造影剤をどんどん流し込んでいきます。先生の指示に従って検査台の上で横を向いたりうつ伏せになったりしながら検査は進みます。小腸が芋虫のように蠕動(ぜんどう)している様子がリアルタイムではっきり見えます。20分くらいかかったでしょうか、造影剤がJパウチまでたどり着き、先生は「通過障害なんか全く無いよ。全然異常なし。こんな状態で詰まるわけが無い。詰まる詰まると思っているから詰まるんだよ。」と言われましたが、そういうものなんでしょうか????

何はともあれ通過障害はないということが分かり、癒着を剥がす手術をする意味もないということになって気分がかなり楽になりました。


26.栄養剤卒業の巻

通過障害が特にないと分かった後も、ラコールやエンシュアリキッド(これも栄養剤)を飲みながら詰まらないように気をつける生活を送っていました。この頃になると、これを全部食べたら詰まるかな、このくらいなら大丈夫だな、と自分でわかるようになってきて、徐々に詰まり気味になる回数が減ってきました。そしてオペから9ヶ月経った12月、大建中湯は飲んでいましたが、もう栄養剤なしで大丈夫だろうということになり、栄養剤を飲むのを終わりにしました。


27.腸閉塞の原因の巻

振り返ってみると、なぜ通過障害がないのにあれ程頻繁に詰まり気味の症状が起きたのか、という疑問が残ります。小腸造影をするまでは「小腸が折れ曲がって癒着しているんだ」と確信していましたが、結局関係なかったわけで、結論としては手術前に長期間絶食していたことや、手術で小腸を切ったり縫ったりしていじくりまわした影響で動きが悪くなっていたのだと思っています。手術をした人は「最初の1年くらいは詰まったり何となく調子が悪かったり、いろいろあるものだ。」と言いますが、まさにそのとおりだと思いました。


28.UCから卒業の巻

その後は大建中湯やガスコンを、調子によって飲んだり飲まなかったりしながら、特に詰まり気味になることもなく、徐々に調子は良くなっていきました。そして手術してから1年2ヶ月が経った15年6月頃には、薬を飲む必要は全くなくなり、8月の外来を最後に定期的に通院することも終わりにしました。その際、ステロイドの影響によって下がった骨密度を測ってみたら、標準値の70%程度だったものが85%くらいまで上がっていました(ちなみに70%以下だと骨粗鬆症といわれるそうです)。特にカルシウムを意識して摂ったわけでもないのですが、1年でこのくらいまで回復したのだから、もう1年くらいすれば標準値に戻るのではないかと期待しています。

特定疾患受給者証の期限が9月末で切れましたが、特に通院する必要もないため、申請しませんでした。今後もイレウスの可能性が全くないわけではなく、また、術後の長期合併症として回腸嚢炎(かいちょうのうえん。Jパウチに原因不明の炎症が起きる)や胆石・結石などがあるかもしれませんが、ひとまずUCからは完全に卒業できたと思っています。


2003年10月

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