踊れ難病患者-潰瘍性大腸炎患者による潰瘍性大腸炎患者のための総合情報サイト-

タイトル-踊れ難病患者・潰瘍性大腸炎情報サイト-
トキ 31歳 男性 
潰瘍性大腸炎、大腸全摘手術の術後      

僕は劇症型の潰瘍性大腸炎の為に兵庫医大で大腸全摘・回腸肛門吻合術(IAA)を受けました。
手術が全て終わったのは1997年ですので、術後7年が経過しています。
手術の体験談はもっと最近に最新の手術された方のものが良いと思いますので、術後の体験談をさせていただきます。


■術後3ヵ月
やはり退院直後はトイレの回数が多く、毎日15〜20回くらいはトイレに行っていました。
これは体が回復しきってないのも有りますが、休職して自宅療養で暇な上に部屋の隣がトイレで、我慢などせずに簡単にトイレに行っていたのも回数が多い要因でした。
トイレ回数が非常に多かった為にお尻が荒れて痛く、病院で貰った軟膏は手放せませんでした。
軟膏・ウォシュレット・円座クッション、これらは術後しばらく必需品です。
(お尻が痛い時はペーパーで拭かずにウォシュレットで洗って温風で乾かすのも良いですよ)
また、週に2-3回は夜寝ている時に便漏れがありました。
起きている時は、不意のクシャミやしゃがんで力仕事をしたりしなければ、大体は漏れずに済んでいました。
夜の漏れは「夜遅くに食事をしない」「寝る前に水分を取らない」「寝る前にかならずトイレに行く」などに気を付けるのと同時に、漏れた場合に被害を少なくする為に「パッドやオムツをあてる」「防水シーツを敷く」「安い布団にする」「横向きに寝る(気付き易く汚し難い)」などの対策もした方が良いです。

僕は9月末の退院したのですが、それから約3ヵ月は自宅療養しました。
体力的にはすぐに会社に行けたのですが、トイレ事情がまだ不安だったので結局職場復帰したのは正月が開けてからでした。
一応漏れた時の為にパッドをあてて、職場のロッカーには着替えを常備していました。
最初はトイレ回数も多くて仕事中に何度もトイレに駆け込んでいたのですが、1週間2週間と経つ内に段々と回数が減って行きました。
ご飯を食べた時間にもよるのですが、3時間くらいはトイレに行かなくて済む様になり、1日の回数も10-12回くらいで、行きたくなる時間も大体決まってきました。
また、以前なら「トイレに行かないと」と思ったらすぐに行かねばヤバかったのですが、もよおしてから10分や20分は我慢できる様になりました。
やはり、なかなかトイレに行き難い状況が肛門括約筋やJポーチを慣らして行ったんだと思います。
(ただし、あまりに無茶な我慢を続けると人によっては圧がかかって瘻孔が開いたりするので我慢もほどほどに)


■インフルエンザ
会社に復帰してしばらく経った頃、社内でインフルエンザが流行り、僕は速攻でウイルスを貰ってしまいました。
ある程度体力がついて来ていたので「大した事無いだろう」と思っていたのですが、酷い高熱と下痢と声が変わってしまう程のセキで2週間以上寝込んでしまいました。
術後は体の筋肉などの外的な体力は回復していたのですが、大腸全摘手術の為に内臓や循環器などの内的な体力は全くの人並み以下の非常に打たれ弱い体になっていたのです。
特に体内の水分循環や電解質のバランスが一度崩れると、ひどい脱水を起こすくらいまで一気に大崩れします。
電解質や水分の補給にとスポーツ飲料などを飲んでも、飲んだ端から全部下痢で出てしまって追い付かないので、近所の病院で点滴を打って貰うしかありませんでした。
主治医に聞いた話ですが、大腸のある人なら3日程ひどい下痢になれば脱水で点滴が必要になるのが、大腸が無い場合は1日ひどい下痢になっただけで同じくらいになれるそうです。
それ以来これらの事に気をつけるようにしています。
「風邪を貰わない様に流行期はマスクやうがい手洗い等で予防する」「電解質と水分補給にはホットのアクエリアスと梅干茶」「風邪を引いたら軽いうちにすぐ病院へ」「下痢が酷い時は毎日近所の病院で点滴」


■術後8ヶ月
術後半年を過ぎて大体のトイレ回数が落ちついてきました。
朝起きて・朝家を出る前・午前中に一回・お昼を食べて・午後に一回・帰宅後・夕食後・寝る前
大体これに多くても1-2回プラス程度1日8-10回くらい、生活のリズムに合わせた回数になってきました。
多い様に思われる人も居ると思いますが、術後のトイレの感覚は「用事の前にちょっとオシッコ行っておこうかな」といった感じに近いので回数的に苦痛はありません。
※大腸が有る頃の便意は「漏れる!したい!!」という心の底から込み上げてくる本能的な欲求でしたが、術後は「溜まってきたな、そろそろトイレに行っておこう」という頭で解る理性的な認識に変わります。
この頃には一回トイレに行っておけば3-4時間くらいはトイレに行かずに済む様になっていたので、映画を見たり電車や車での長距離移動やトイレの無いアウトドアなバーベキュー等が不安無くできる様になりました。


■転職
実はこの頃には新しい職場に変わっていました。
というのも、正月明けに2週間ほど寝込んで仕事を休んだ事で「職場復帰しても使い物にならない」と会社に判断され退職を迫られたからです。
いやぁ、ほんと揉めに揉めました、特に揉めたのが休職中の社会保険料でした。
一年くらい休職していたのですが、その間の社会保険料をどうするかで揉めました。
社会保険料は毎月労働者個人と会社とで半々を負担しているわけですが、当初は会社が一旦全額を立て替えて払い、後で労働者負担分を分割で会社に払うという口約束をしていました。
ところが退職が決まった途端に「会社負担分の社会保険料も払え」と言われまして、年商40億を豪語する会社の社長の奥さん(経理)や弟(常務)が家に何度も取立てに来る事態に。
結局、個人負担分の一部は払いましたが、離職表は嫌がらせで貰えませんでした。(失業保険の手続きができず失業手当は貰えませんでした)
外科・内科関わらず傷病保険や休職を手続きされる方は多いと思いますが、トラブルにならない様に気をつけましょう。

新しい会社の面接を受ける時は、病気や手術の事は軽く言っただけで細かい説明はしませんでした。
「腸に潰瘍ができまして、それでちょっと腸を切りましたが、今は全く元気です」
履歴書の健康欄には『現在健康優良』と書きました。
まぁ、7年前は潰瘍性大腸炎はほとんど知られていませんでしたし、入院するほど体調が悪くならない自信もありましたので。
新しい会社は1ヵ月の半分が出張という職場でした。
当然ビジネスホテルを泊まり歩く事になり、最初は夜漏らさないか非常に心配でした。
一応、バスタオルを腰シーツの様に敷いて寝るんですが、夜中に目が覚める事はあっても、一度も漏らす事はありませんでした。
やはり適度な緊張感が、お尻の訓練と、いつでも気付いて起きれる浅い眠り方の習得に繋がったのだと思います。


■術後1年
体的には半年を越えた辺りからあまり変わりませんでした。
ちなみに整腸剤や下痢止めなどの薬は何も飲んでいませんでした。
大体3ヶ月・半年を節目に体調が安定して、それ以降は落ちついてしまって目に見えるような変化は無いようでした。
体調が安定してきて自信も付いて来たので、芝居に復帰しました。
2時間半の舞台でダンスが13曲もある芝居を二日で三回上演。
しかも配役的に僕は10曲も踊らなくてはならない事に…、これは普通の人でも舞台裏に酸素ボンベを置いても良いくらいハードです。
休日などは夏場の炎天下のもと朝から夜までアクエリアス1.5gを片手に練習することになりました。
さすがに軽い脱水にはなったりしましたが、公演終了まで病院にかかったり入院する事態にはなりませんでした。
術後の人は格闘技やトライアスロンレースなどは無理ですが、ハーフマラソンや頑張ればフルマラソンくらいはできるんじゃないでしょうか。


■術後3年
やはり、3年経っても体調的には特に変化がありませんでした。
1日のトイレ回数8-10回、週に1-2回程度夜に漏れる、そんな感じです。
病院への通院もこの頃から全くしなくなり、特定疾患の手続きもやめてしまいました。
働いていると、平日の午前中に大学病院に書類を持って行ったり貰いに行ったり、何度も休むのが難しかったので…。
(でも入院しないといけないようなトラブルが起こらないとも限らないので特定疾患は継続しておく方が良いですよ。)
この頃、僕はとある強引な営業でコピー機を売る事で非常に有名な会社の関連会社で働いていました。
ちなみに前の会社は1ヵ月の3/4が出張になり、更に出張が増えそうだと言うので辞めました。
えーと、なんか僕は会社を見る目が無いんでしょうか(;´Д`)
とても営業力が要求されるノリが応援団みたいな会社で怒号や罵声が飛び交う職場なんですが、幸い営業成績は社内イチニだったのですぐに係長になっていました。
係長になってからは毎日帰るのは終電ギリギリで、終電も終電の後の寝台列車にも乗れずに会社に泊まる事もしばしばでした。
朝の通勤時などはホームで「あぁここで飛び込んだら楽になれると思って皆飛び込むんだろうなぁ」と思う日々が続きました。
まぁ結局、僕が過労死する前にこの会社が倒産してしまったので事なきを得ましたが…(でも残務処理は大変でした)
手術すれば過労死できるくらい働けます。


■術後6年
ここ数年は特に体調の変化なく来ていたのが、ふと気が付くとほとんど漏れなくなっていました。
前年は週に1-2回漏れてたのが、月に一回漏れるか漏れないか、芝居の練習時期で練習後に飲みに行かなければ3-4ヶ月は漏れないようになりました。
急に漏れなくなった場合に「お尻の穴の繋ぎ目が狭くなって来ている」というトラブルになっている事もあるので最初は不安でしたが、そうではなかったようでした。
大腸が無くなると、小腸の細胞が変化して水分吸収力が上がったり、本来無い電解質の吸収能力が備わるそうです。
もしかすると、そういった細胞レベルでの体質が時間をかけて変化してきたのかもしれませんね。
※ちなみにお尻が狭くなると、通過障害を起こし最悪の場合便が通らなくなるので要注意です。
症状的には「便がとても出難い」「出ないわりに回数が多い」「残便感がいつもあってお腹が張る」などで、すぐに主治医に相談しましょう。
治療にはブジー管という棒を入れて広げます。


■風邪?脱水?ステロイド離脱症状?
風邪には気をつけていたのですが、その日は知り合いの女性(オペ済みUC)と芝居を観に行くので無理をしてしまいました。
家を出る頃に軽い風邪でセキと微熱があったのですが「まぁこれくらいなら大丈夫だろう」とタカをくくっていたら、劇場の席に座ってから急に頭痛・吐気・動悸・息切れが激しくなってきました。
ついには席におとなしく座っている事もできないくらいになり、ツレの芝居鑑賞を邪魔するのも悪いと思い、一人でホールを出てすぐの通路のソファーで真っ青な顔でグッタリ座っていました。
しばらくするとツレの人が心配して様子を見に来てくれました。
こういう時に解っている人が居ると非常に助かります、すぐに携帯で元兵庫医大の先生の病院に電話をかけてくれました。
やはり何かあった時の為に携帯に病院の電話番号くらい入れておかないとダメですね、それまで僕は携帯に番号を入れてませんでした。
しかし残念な事に、時間的に遅くて処置をしようにも看護婦さんも帰った後で入院設備もないので、診察できないということでした。
でもまぁ電話診察とはいえ、専門医に症状を話して指示を出してもらえれば精神的には落ちつきました。
兵庫医大の方に行こうかという話もしていたんですが、そうこうしているうちに症状が楽になってきたので、まぁ何とか車の運転を代わってもらって帰宅できました。
今思うと、あの急激な体調悪化はもしかしたら「ステロイド離脱症状」だったのではないかなぁとも思ったりします。
普通はステロイドを切ってから2年くらいステロイドの離脱症状の発作が起こる可能性があるそうなのですが、術後10年近いのに離脱症状が出た患者さんも居るそうです。
※ステロイド離脱症状:副腎皮質からのホルモン分泌が悪くなり、倦怠感・頭痛・吐気・血圧低下等を起こす事があります。ステロイドを急に止めたりすると起きたりします。


■皮下膿瘍
凄くたまにオペの傷の近くのお腹の中でシコリのような物ができたりしていました。
特に痛くもかゆくもなく、大体はしばらくすれば無くなったりしていたので、それほど心配はしていませんでした。
ニ三度、お腹の傷にオデキのようなものができて、そこから膿と一緒に手術の糸の結び目が出てきた事があったので、似たようなものかなと思ってました。
ひとには「調子悪くなったら早く病院に行かないとダメですよ、早くかかれば早く治る。我慢してても絶対良くならないですよ」とよく言うのに、今回は自分が我慢できなくなるまで頑張ってしまいバカを見ました。
最初は1-2cmくらいだったしこりが日を追うことに大きくなって、それにともない段々痛くなってきたのです。
しまいにはお腹に妊娠線が出るほど腫れ上がり、熱が38度出ました。
「あ、あかん、これは絶対に膿んでるから熱が出てる。しかもかなり膿が溜まってる」車を2時間飛ばして元兵庫医大の先生の病院に行きました。
兵庫医大にかかった方が良いくらい悪いとも思ったんですが、外来日や診察時間が決まっている大学病院よりも平日19時まで診察してくれる主治医の病院の方が行きやすかったのです。
「よくまぁここまで我慢したもんやな、すごい膿たまってるわ、これはお腹に穴あけてドレイン(膿を出す管)入れらなあかんな」主治医に呆れられてしまいました。
痛い場面は見ないことにしているので、工事現場は見てなかったのですが、局部麻酔を打ってメスで切るとドバドバと血膿が出ていたようです。
なんかのエステみたいにお腹をこねくり回されて、のう盆が血膿でいっぱいになってました。
毎日ガーゼ交換する必要があるので「兵庫医大に入院する?」とも言われたのですが、入院も特定疾患再申請もややこしいので通院で処置してもらうことに…。

治療は化膿止めを飲んで、酸性水をドレインチューブから注入して膿を洗い出します。(特に痛い処置ではありませんでした。)
酸性水はいわゆるアルカリイオン浄水機で副産物として作れるのですが、ペーハーの酸性がかなり強くないと洗浄治療には使えません。
これは酸性が弱いと感染を起こすからだそうです。
クローンの方で肛門部に瘻孔がある人や、UCの術後のトラブルで肛門周囲膿瘍を起こした人なども同じように酸性水で洗うのですが、専用の浄水機(市販品では難しい)を買って家で自分で毎日やるそうです。
流石に往復4時間かけて毎日通うのは大変なので二日に一回通院して酸性水で洗浄して、ガーゼ交換は近所の町医者でやってもらいました。
お腹にあけた穴に肉が盛って埋まってくれば、入れてあるドレインチューブを段々と短くして行って、それが抜けて治るまでに1ヵ月はかかるんじゃないかという診立てでした。
が、しかし、なかなか膿も止まらず、穴が埋まらない…。
やはり、「これは毎日洗浄しないとなかなか改善しない」ということで、毎日2回自宅で自分でドレインに酸性水を流し込んで洗うことになりました。

結局、完全に穴が塞がるまでには3-4ヶ月かかりました。(3カ月ほど休職しました)
膿瘍ができた原因はどうも手術の糸がお腹の中で感染症の原因になっていたようです。
というのも「なかなか治らないなぁ」とお腹の穴をピンセットでほじくり返されている時に糸の結び目が出てきて、その後傷の治りが良くなったからです。
ちなみに普通の人は大体は溶ける糸を使っているので、こういう事態にはそうそうならないそうです。

一緒に外来に行っていた仲の良いオペ済みUCさんが、僕が処置を受けている間に先生と話してました。
「先生、どうして糸が出てくるんですが?溶ける糸とかじゃないんですか?」
「普通は溶ける糸を使うけど、あのお腹じゃ無理!糸が切れちゃうから太い特別な糸を使わないと」
「あははは、あのお腹にも困ったモンですよねー」
「わはははー」
いや、あの、二人して人のお腹で盛り上がらんで下さい(;´Д`)


■7年目におけるオペの感想
7年経ってみて思うのですが、僕の場合はオペして本当に良かったなぁと思っています。
体的に良くなったのはもちろんですが、再燃や入院の心配をせずに何にでも兆戦できました。
ちなみにこの7年間でやった事としては、やった芝居21本(役者3演出3音響15)・作った劇団1個・作った患者会1個・入った会社3社(倒産2)・できた恋人3人(失恋3)。
なんか芝居ばっかしやって遊んでたダメ男とも取れなくもないですが…(;´Д`)
「せっかくオペして何でもできるようになったんだから、頑張らなくっちゃなぁ」という前向きな考え方が原動力になりました。
よく言われるQOL(quality of life:生活の質)ってトイレの回数で語られがちですが、こういう精神的なものも重要なんじゃないでしょうか。


■最後に
内科患者の方へ。
内科医に手術の話をされたら、それはもう内科治療に限界が見えてきているという事です。
オペの事や、オペはどこの病院で受けるのが良いのか等の情報を集め始めてください。
実際にオペを受けるかどうかは別にして、いざという時に困らない様に。
そして、もし、手術をする事になったのなら、できるだけ体調が良い状態で有名病院で手術する事をお薦めします。
UCの手術は最近はあちこちの病院で手術をやっていたりしますが、まだまだ珍しくて難しい手術です。
執刀数が少ない病院では不完全な手術しかできなかったり、何かトラブルがあった時に経験不足で対処できなかったり、術後のトラブル発生率が高かったりする事があります。
横浜市立市民病院外科・三重大学医学部付属病院消化管外科・兵庫医大付属病院第二外科・広島大学病院第一外科などが執刀数が多くて有名な病院です。

術後患者の方へ。
僕はやった事がないので上では書きませんでしたが、術後のトラブルで回腸嚢炎というものがあります。
これは回腸嚢(Jポーチ)が炎症を起こして、下痢やトイレ回数が増える・お尻の奥(尾テイ骨のあたり)が重く痛い・ピンクの膿や血が出る・微熱、などの症状が出たりします。
発症してしまったら医者にかかって診てもらわないとだめなんですが(フラジールという抗生剤で治療します)、発症の予防にヤクルトミルミルが良いと言われています。
(もちろん、ミルミルでお腹を壊したりする場合はやめた方が良いですが)
他にもカスピ海ヨーグルトで「ガスが溜まってお腹が張るのが良くなった」「今まで臭かったガスのにおいが改善した」という方も居たりします。
毎日取る必要はないですが、たまに善玉菌を補給すると良いんじゃないでしょうか。

あと、もし慣れていない病院で手術をして、術後のトラブルで調子が良くないという方は、兵庫や三重で一度セカンドオピニオンを受けて診立てをしてもらってはいかがでしょうか?
良くなるという確証は有りませんが、もしかすれば改善するかもしれません。
どんな状況でも希望を捨てずに前向きにがんばってください。

2005年1月


All rights reserved. Copyright 踊れ難病患者 -潰瘍性大腸炎情報サイト-