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にくきう さん 女性 
2004年8月、28歳の時にIACA方式(一期)でオペを受けました。
UC歴は11年、左側・再燃緩解型、入院回数は手術前4年間だけで7回、ステロイド総量は10000mgをゆうに超えていました。
使用した薬はペンタサ、サラゾピリン、プレドニン、免疫抑制剤、ステロネマ、プレドネマ、抗うつ剤、精神安定剤、ロペミン、フェロベリン、ラックビー、ビオフェルミン、色々な胃薬などなど。
GCAPは、なんと80回近く受けました。


■手術を決めた理由
私は、手術を受ける5年ほど前から、手術を希望する珍しい患者でした。私の大腸は、緩解時の見た目がきれいで、どんなにひどい症状でもCRPがほとんど上がらないという、哀しい特徴があり、いつも検査結果と自覚症状が一致せず、苦労(?)していました。
それでも、内科医の先生の励まし(説得?)で、手術前2年間は完全にステロイドを切っていました。もちろん、その間は何度も再燃し、免疫抑制剤やGCAPでしのいで来ましたが、仕事どころか家事もろくに出来ず、再燃時以外でも体力的に生活の制約があること、入院回数と通院回数の多さ、精神的な負担の大きさなど、あらゆる面で限界を感じるようになり、手術を決意しました。


■手術7週間前
通常の外来の時、ドキドキしながら内科の先生に「オペをしたい」と相談しました。
最初「・・・なんで?なんでしたいの?必要ないよ」と、予想通りに一蹴されました。それでも頑張って、私の意見を先生に伝えているうちに、それまでに積もり積もったものが溢れて、涙がボロボロ出て来てしまいました。普段、人前ではほとんど泣かないので、先生は大変驚いて、「じゃあ、とりあえず内視鏡させて」と仰いました。(検査は、内科医特有の「手術引き延ばし作戦」の常套手段です)
内視鏡は大嫌いですが、手術を受けるためだ!と了解しました。


■手術6週間前
皆さんが大好きなニフレックを充分に楽しんだ後、病院に向かいます。内視鏡はいつも通りに痛かったのですが、その後の内科の先生の説得の方が、もっと痛かったです(笑)
内視鏡室で1時間以上、二人きりで延々と説得されましたが、「私の今の状態に関して、外科の先生の意見を聞くだけでもいいから」とムリを言って、次の週の外来で紹介状を頂きました。


■手術4週間前
大変信頼できる外科の先生に相談しに行きました。その先生は内視鏡の結果よりも、私の普段の生活の事をたくさん聞いてくださいました。そして、日常生活における肉体的制約が多いことから、「手術をしましょう」と仰ってくださいました。私の長年の夢は、叶ったわけです。


■手術2週間前
私の住んでいる東京地方では、40度近い日が続き、健康な人でも熱中症でバタバタ倒れる始末。クーラーが苦手な私でも、クーラーなしでは生きていけないような暑さの中、とうとう再燃してしまいます。
しかし、執刀して下さる予定の先生が学会でいらっしゃらなかったため、内科時代にお世話になった、主治医ではない先生に助けを求めました(なんとなく、主治医の先生には相談しにくかったので)。ペンタサ注腸を出して頂いたのですが、これがまた、バカ効きでした。3日間で復活します。
ペンタサ注腸さえあれば、ステロネマやプレドネマの様な危険な薬はいらないのでは??と思ったり。


■手術3日前
緩解状態のまま、初めて外科に入院です。お小水を溜めろやら何やら、結構うるさいです。
レントゲン、呼吸器検査などをします。明日の検査のために絶食なので、点滴が始まります。病室が寒く、湯たんぽを貸して頂きました。

■手術2日前
浣腸のあと、注腸バリウム検査。内視鏡の結果と違い、先生も驚くほど悪かったです。
そういえば、前の病院に通った5年の間、注腸検査は一度もしなかった・・・。
その後、その結果を元に手術の説明を受けます。「この大腸なら、取った方がいいですね。これから先、どんな治療法ができても、これ以上の回復の見込みはないですね。」と言われました。

■手術前日
採血やお腹のマーキングをします。一応ストマの位置を決めて、写真撮影。おへその掃除(とてもキレイ!と褒められました)、麻酔科の説明など、結構人の出入りが激しかったです。剃毛はしなくて良い、とのことでした。内視鏡用の食事なので、下剤もナシ。夜は最後のお風呂に入り、眠剤を飲みます。


■手術当日
朝8時、家族に送られてオペ室へ。目がすごく悪いので良く見えなかったのですが、たくさん人が居ました。硬膜外麻酔は一発で入り、全く痛くなかったです。仰向けになり数秒後、意識を失います。
次に気が付くと、ものすごい寒さと激痛に襲われました。「寒い〜!痛い〜!」と訴えていました。
夜までは、何とか耐えられたのですが、その後、左わき腹と傷口の左側にかなりの激痛が続いて、一晩中苦しんでいました。痛みがひどい時に、自分で押してピュッ!と体内に入れることのできる麻酔は、何故か禁止でした。(人によって違うらしいです)
痛み止めや眠剤を点滴して頂きましたが、ほとんど無効。
普通、手術当日の記憶はほとんどない、と言いますから、私の場合、麻酔科医の先生の腕に問題が・・・(笑)
便管、尿管、鼻管、腹腔ドレーン、硬膜外麻酔、点滴ライン2本、酸素マスクで、管だらけ。


■手術後1日
朝もまだまだ激痛が続き、痛みの場所が変わってきて、おへその下を中心にお腹全体が破れるような感じでした。同時に生理になり、もうサイアク・・・。
痛くて苦しんでいるのに、看護婦さんに全身を拭かれました。本当はこの日から歩かなければならないのですが、それどころではなく、痛みで呼吸が浅いため、何度も全身がしびれました。
それでも夕方に打った強い痛み止めが少しずつ効いてきて、夜には我慢できる程度にまで落ち着きました。トイレに行かなくていい生活は初めてだったので、その辺は大変ラクでした。

■手術後2日
昨日までとは打って変わって、定期的に自動で入る硬膜外麻酔が効いていたのか、痛みがあまりありませんでした。初めて歩きましたが、かなり大変で、ほんの少ししか歩けませんでした。尿管を抜いたので自分でトイレに行かなければならず、まだ血圧をコントロールできないので、フラフラでした。その時の胸の苦しさは結構なものでした。尿を全量溜めなくてはいけなかったのも、息をしづらい身には堪えました。

■手術後3日
昨日と同じく、痛みは少なかったです。歩くと足がだるくて、夜眠れず、でも寝返りが打てなかったので大変でした。歩こうとしたら一気に血圧が下がり、倒れました。
毎日毎日、病室に看護婦さんが来るたびに「歩け、歩け」と言われます。分かってるってば・・・


■手術後4日
車椅子に乗ってレントゲンを撮りに行きます。寒いわ苦しいわ痛いわ・・・看護婦さんがシャンプーしてくれましたが、前屈みだったので、これまたつらかったです。

■手術後5日
「便を溜める袋がくさい〜!」と看護婦さんに訴えたら、芳香剤を持って来てくれたのですが、こっちの方がくさいっつ〜の!息苦しさ、オシリの痛み、背中の痛みなど。でも、歩かないとね。

■手術後6日
看護婦さんがシャンプーしてくれたのですが、髪をぬらした時点で置いてきぼりにされ、仕方なく自分で洗いました。点滴している腕を使えないので、なかなか・・・大変で・・・。傷は痛いし、腰は痛いし、腕は疲れるし、それなら洗ってくれないほうがマシでした。本当に優しい看護婦さんです(笑)
その後、ベッドに倒れます。

■手術後7日
朝、術後初めて洗面所で顔を洗いました。午前中、便管を抜きます。注腸検査も異常なし。くさい袋ともお別れだ〜!
水分解禁です。オシリから水が出ます。やたらにデカイ尿とりパッドをオシリにあてます。


■手術後8日
朝起きると、少し便(水様)が漏れていました。結局、私が漏らしたのは、この時が最初で最後でした。オシリのしまりがいいみたいです。トイレの回数は10〜13回ほどでした。お小水だけするのはかなり難しい!
この日、お腹のドレーンも抜いてしまいます。流動食が始まりますが、あんまり食べられませんでした。それでも、ものすごい勢いで腸が動き、痛い〜!燃えた蛇がお腹の中で暴れる感じです。だんだんその痛みが強くなり、いつからか胃が気持ち悪くなってきました。案の定、夜には眠れないほどの下腹痛、そして、水様便が出にくくなります。看護婦さんに「腸閉塞になりかけてるんじゃないですか?」と訴えますが、ただ「もっと歩きなさい」と言われただけでした。

■手術後9日
気持ち悪くて、どうしても朝食が食べられない。体がつらくて動けない、でも歩かないと腸閉塞になる。「うわ〜、どうしよう〜!」と思っていたら、突然ゲロゲロゲロゲロ・・・。緑色の腸液を450ccほど吐きました。レントゲンの結果、ガスが詰まって腸がむくみ、腸閉塞になりかけている、とのこと。
早速細い鼻管を入れ、胃に上がってきた腸液を外に出します。イレウス管を入れる羽目にならなくて良かったのですが、なりかけの腸閉塞でも充分に痛かったです。たくさん吐くので脱水が進み、全身がしびれて暴れてしまいました。吐くたびに、腹腔ドレーンを抜いたお腹の穴から、空気やら液やらが大量に出て、下着やパジャマが汚れ、何度も取り替えました。

■手術後10日
眠剤も効かず、一晩中激痛に苦しみましたが、朝方6時にトイレに行って便をしたら少し良くなってきました。午後には腹痛も少しずつ治まり、詰まっていたガスも出はじめました。また歩き出します。

■手術後11日
手術後一番良く眠れました。レントゲンの結果も良く、胃から何も引けないので、先生に無理を言って鼻管を抜いて頂きました。すっきり!


■手術後12日
傷口が傷むくらいで、腸が動くとき以外は特にひどい腹痛はありません。ガスも頑張って出します。手術前10年間は踏ん張らなくても便が出たので、ガスを出すために踏ん張るのが結構大変でした。手術後、初めてシャワーを浴びました。水分解禁です。水、お茶などを少しずつ飲みます。

■手術後13日
朝、体重を量ったら、手術前より5キロ痩せていました。お小水がたくさん出るので、夜も2時間おきに起きます。お小水だけ出すことはできないので、便も一緒に出ます。この頃のトイレの回数は、1日10回ほどでした。お腹が空いたような感覚も少し出てきました。ガムやキャンディーをとことん楽しみます。自分なりに結構歩きました。

■手術後14日
流動食開始です。1割ほどしか食べられませんでしたが、気持ち悪くはならなかったです。便が全然漏れないので、尿とりパッドをやめ、生理用ナプキンに変えました。売店へ行って、キャラメルなどを買います。食べ始めたので、トイレは12〜3回ほど。歩く距離を増やします。

■手術後15日
前日、トイレの回数が多かったので、寝ている間に漏れちゃうかな?と思いましたが、全然平気でした。おかげでオシリかぶれが全くありません。むしろ、残した直腸と小腸のつなぎ目が痛くて、上手に座れません。ドレーンを入れていた穴が全然ふさがらないので、見た目が気持ち悪いです。パックリ穴があいて、中の脂肪が見えてる・・・それなのに、どうして全然痛くないのかしら・・・。
三分粥にアップ。血便が少し出ます。


■手術後16日
順調にガスが出るようになって来ました。水様便がほんの少しだけ固まってきます。

■手術後17日
朝から五分粥。点滴が一日一本になります。オシリの中が痛いので、痔の薬を入れます。血便は続きます。トイレは1日10回。

■手術後18日
就寝中も2回ほどトイレに行きます。オシリの中と、肛門の周りの筋肉が痛い!点滴から解放され、いい気分です。リハビリの意味も込めて、毎日シャワーを浴びます。

■手術後19日
下痢止めを飲まずに1日8回。傷口がとてもキレイだ、と先生や看護婦さんたちに褒められます。全粥にアップです。お昼からフェロベリンを飲みます。一度に2錠飲んだら、ガスが止まってしまいお腹が張ってしまったので、1日3回、1回1錠にします。


■手術後20日
お腹の張りも良くなりました。血便はとまりません。

■手術後21日
初めて夜中にトイレに行きませんでした。食事をした後のほうが、比較的トイレが多いです。階段の昇り降りを開始。退院が3日後に決定します。

■手術後22日
朝食後、色々することがあってトイレに行きそびれていたら、そのまま便意を忘れてしまいました。ドレーンの穴がようやくふさがりました。病棟で始まったラジオ体操に参加。退院後の注意、薬の処方などを受けます。トイレは1日7回。

■手術後23日
出血が少し減ってきたような感じです。明日の退院を前に、荷物と心の整理です。既に自分の部屋のようになっていたので、ちょっと寂しい感じもしました。トイレは1日6回。

■手術後24日
とうとう退院です。術後の平均的入院期間が21日間ということなので、上出来です。日曜日だったので、先生も看護婦さんもまばらでした。仲良くなった患者さんにも挨拶。

■退院後の生活
とにかく、たくさん歩くように努力しました。家の中にいるときも、廊下を歩いたり、段差で踏み台昇降をしたり、ストレッチをしたりしました。
内科時代、結構食事制限をしていたのですが、退院直後はその頃と変わらないような食事をしていました。食に関する欲求が少なかったので、「手術したら、これが食べたい!」というものもあまり無かったです(つまらないですね)
水分だけは、こまめに摂るように心がけました。
外出時、ウォシュレットの無いトイレで用を足すのが気持ち悪かったので、携帯ウィシュレットと、サニーナというおしり拭きスプレーを買いました。
デパートはトイレがキレイなので、散歩ついでによく行きました。


■食事に関する注意
食事制限がなくなるのですから、何を食べてもいいわけですが、やはり大腸がないので、少しは気をつけたほうがいいと思います。
食べ過ぎないことが一番ですが、食べてみて体に合わなかったものを見極めることが大切だと思います。大丈夫な物でも、一度に大量に食べたり飲んだりするのは避けたほうがいいと思います。



■入院時に便利だったもの
@カメラ
 摘出した大腸の写真をご家族に撮っておいて頂くと、あとで友達に自慢できます(?)そして、その友達は数日間ホルモン焼きが食べられなくなります。ご家族の方も、怖がらずに是非、写真を撮ってくださいね。
A円座
 オシリに便管が突き刺さっていますので、そのまま椅子に座ることができません。便管を抜いたあとでも、オシリが痛いので円座があったほうがラクです。退院後も便利です。
B前開きワンピース
 体中に色々な管が刺さっているし、看護婦さんに着せて頂いたりもするし、お腹を見せる機会がとても多いので、とても便利でした。ドレーンが抜けたら普通のパジャマでいいです。
C吸い飲み
 一時期、起き上がる力も吸う力もない軟弱者になるので、ストローよりも便利です。
D柔らかいトイレットペーパー
 病院のトイレットペーパーは固いので、使うとオシリがヒリヒリしてしまいます。ここは贅沢に、ダブルなんかを使ってしまっても、バチはあたりません。
E水戸黄門
 毎日同じ時間に、世界一人気のあるマンネリを感じることができます。その時間に回診が当たってしまうと、無類の水戸黄門好きだと誤解されます。


■現在の生活
 術後半年の現在、トイレの回数は1日4〜5回です。飲んでいる薬は、フェロベリンが1日3回、1回1錠とラックビーだけです。回腸嚢炎の予防のために、ミルミルを1日1本飲んでいます。
 便の形状は水様だったり、少しだけ固まっていたりと、まちまちです。1日の中でも違います。
基本的に何でも食べていますが、繊維の大きいキノコ類やタケノコ、こんにゃく、海藻、セロリ、柿、梨、辛いものなどは食べていません。お野菜の皮や、大豆の皮なんかにも気をつけています。もともと脂っこい食べ物が苦手なので、和食中心の高タンパク低カロリーな食事です。
腹痛は全くありませんし、血便もいつしか止まっていました。たまに白い藻のような腸液が出ますが、全然気にしていません。肛門の痛みや、オシリの筋肉痛もありません。
漏れも全くありませんので、外出時も何もあてていません。寝るときだけは一応、トイレットペーパーを重ねてオシリにあてています。
残した直腸と小腸のつなぎ目が狭くなっていて、2〜3ヶ月に一度の外来のときに広げて頂いていますが、「狭い」という自覚症状はなく、広げてもらったからといって何ら変化はありません。
手術前には考えられなかった快適な生活を送っています。トイレも我慢出来ますし、再燃もないので、精神的に解放され、毎日が楽しいです。お友達との約束もドタキャンしなくて済むようになりました。
だからといって、患者さんみんながみんな手術すべきだ、とは思いません。ご自身の限界を感じたとき、選択肢の一つとして手術を考える、その程度でいいと思います。


■内科治療について
手術は痛いし、大変です。全身麻酔をするので、命の危険さえあります。手術自体を漠然と「怖い」とお考えの方も多いと思います。
しかし、私にとってみれば、ニキビだらけの顔をパンパンに腫らして、肩の筋肉も盛り上がって、髪の毛も抜けて、ムダ毛が増えて、骨もボロボロになって、白内障になって、それでもまだ内科医の言うことを聞いて大量のステロイドを飲み続けることのほうが、よっぽど怖いです。そこまでして自分の大腸にこだわる必要もないし、自分の人生なのですから、自分の頭で考えたほうがいいと思います。
ステロイドを飲み続けることは、本当は異常なことです。少量のステロイドで症状が治まるなら話が別ですが、毎日ふたケタ以上のステロイドを飲むことに関して、感覚が麻痺している人があまりに多いと思います。注腸ステロイドも同じことです。局所だから副作用が少ない、なんて内科医の先生は仰いますが、あれはウソですよ。大腸から吸収しているんですから、副作用は大いにあります。
痛みや苦しみを我慢して、自分の体をむしばむ危険な薬を飲んで、自分の生活を制限しながら生きることを、「当たり前」にしてはいけないと思っています。病気を理由に、色々なことを諦めてはダメだと思います。


■ご家族の方へ
 自分の子供が、親が、恋人が、パートナーが、何故こんな病気になってしまったのかと、考えることもあるかと思います。現代医学をもってしても完治しない病気に、理不尽さを感じることもあるでしょう。その思いが一番強いのは患者本人です。一番つらいのも本人であり、一番納得行かないのも本人です。だからこそ、一緒に闘ってあげてください。話を聞いてあげてください。理解してあげてください。
 この病気で一番つらいことは、その痛みでも苦しみでもなく、周囲に理解されないことです。医者でさえ仕組みが分からない病気ですから、病気に縁のない人になんか、分かるはずがないんです。周囲の誰かの理解を得られず、患者本人が精神的に苦しんでいるとき、心の支えになってあげてください。決して、病気になった本人を責めないでください。

 幸いなことに、私の家族や友人は病気に関しての理解度が大変大きく、すべてを受け入れてくれましたし、いつでも心配して、全面協力してくれました。手術をして元気になった私を見て、みんな泣いてくれました。
 お世話になった内科の先生方も、ステロイドをいかに切るか、ということに重点を置いた治療をしてくださいました。本当に感謝してもしきれないくらいです。
 大変長くなりましたが、以上が私の手術体験記です。少しでも皆様の参考になれば、幸いです。



2005年1月


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