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体の調子がおかしくなってきたのは96年夏ごろからだった。
(それまでは橋本シンヤか渡部トオルくらい見た目も中身も健康だった)
大学を出て姫路市内の大手豆腐屋に就職して半年ぐらい経ってからだ。
夜勤中、気温の低くなる明け方になると時々お腹が痛くなる。
でも、トイレに行ってもなぜか便は出ない。
豆腐屋という職業がら水を使うのでビショビショに濡れる事が多く、「お腹、冷えたのかな?」ぐらいにしか考えていなかった。
「営業職」で入ったハズなのに、工場で夜勤中心(月16日!)のハードな製造をやらされてたもんだから精神的にも肉体的にもボロボロになっていたので、「体調を崩してもしょうがないか」とも思ったし、なにより病院に行く暇があるんだったら家で寝ていたかった。
秋ごろになると毎日の様に腹痛が襲うようになった。
そりゃもういきなり強烈な便意が襲ってくる、ノルマンディ作戦並みだ。
「うっっヤベ、出そうっ」「はうっ、でっでも、うごいたらもれそう」
とりあえず、お尻をギュッと締めて「波」が去るのを待つしかないのだ。
しかし、時としてイタズラな神様が試練をあたえる。
そーゆー時に限って豆腐の製造機がエラー起こしてサイレンを鳴らしまくるのだ。
泣きそうになりながら機械を調整してまわる。
大豆のタンクを切替え、蒸気バルブを調整して、消泡剤を増やし、凝固剤の数値を変える、そしてスキを見てトイレへ駆け込む。
それこそ「底抜け脱線ゲーム」って感じだ。
そしてついに便に血が混ざるようになった、いわゆる「粘血便」だ。
さすがに血を見ると「ちょっと医者いかなアカンなこれは…」と思う様になってくる。
それに実際、体がすごくダルくてフラフラになってたし。
まぁ、仕事自体をとにかく休みたかったので、「検査で入院とかになったらラッキーかも…。」っていうアホな考えもかなりあったのだが。
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