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看護婦さんが先生に連絡を入れてから2時間程してM先生が現われた。
下血はすこし落ち着いてきていたので先生も一安心したようだった。
「先生、やっぱり緊急でオペになるんですか?」
「うーん、そうやな…もしも腸が破れたりしたら大変な事になるからなぁ…」
「じゃあ、ここの病院でオペになるんですか?」
「いや、それは無い。兵庫医大の方に問い合わせてみたらベッドの空きがあるそうだから、そちらの方で手術をする方が間違いない。」
「全国で一番手術例の多い病院だから技術やノウハウはしっかりしているだろうから心配しなくても大丈夫だよ。」
「・・・やっぱりオペしないとダメですか?」
「そうやなぁ・・・」
病院の事務が動いていないので、休み明けの月曜日に兵庫医大の方へ正式に転院の要請を出してもらった。
そしてM先生が兵庫医大のS先生に患者状態を話したところ、免疫抑制剤の即時中止とプレドニン(120ミリ/1日)を減量するように言われたらしい。
その日の内に飲み薬は全部なくなってしまった、なんだか急にさびしくなる。
「管だらけの末期患者が死んだ後に次々機械や管を外されていく時ってこんな感じなのかな?」と少し思う。
まぁ治療をあきらめられたっていう点では同じか。
潰瘍性大腸炎の内科治療の限界をマジマジと実感する、結局内科ではどーにもならないのだ悲しい事だが。
M先生も非常に辛そうだった、患者に暗い顔を見せまいとしてたようだけど。
兵庫医大には土曜日に転院する事に決まった。
ちなみに丁度その日は僕が参加してた劇団の公演日であった。
入院前の予定では音響スタッフで当日のミキサー(音響制御卓、音楽のレコーディングの時に出てくるヤツ)を仕切るハズだったのだ。
入院してからは「ミキサーはでけへんけど点滴と車椅子で見にいくで。」などと言っていたのだがそれもダメになってしまった。
病院からホールまで10分くらいしか離れていないのに非常に悲しい。
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