第46話「鬱」

失恋後、思い詰める事が多くなった。
ちょっと軽い鬱だったのかもしれない。
『なぜ、あの時死んでおかなかったのだろう』そんなことばかり考えていた。

退院後イッセー緒方の一人芝居を見たのだが、彼の演じるケンタッキーおじさん
(西部劇村の大道芸人、体壊して入院していたが退院。ヘロヘロでショーをするという話)
のセリフで「そういうのは『助かった』って言わないんだ、『死に損なった』って言うんだよ」
ってのがあった。
ああ、まったくその通りだ、僕は死に損なったのだ。
赤穂浪士で四十七士に間に合わなかった藩士や、白虎隊で生き残った少年兵や、作戦の
日が終戦だった特攻隊員みたいなものなのだ。(少なくとも僕の中では)

死に時ってのは確かにある。
人生の頂点や、頂点が見えていてあと少しっていう時の死だ。
例えば土方歳三や源義経とか格好いいじゃないか、坂本竜馬だって志半ばでこれからって
時の死だからこそ悲しくて美しいのだ。

土方が「余生を田舎の百姓で平凡にくらし、最後は一人でひっそり侘しく死にました」とか
竜馬が「維新後会社を作ったが商売に失敗、借金残して失意の中で首つって死んだ」とか
「あーあ、あの時死んでたら花があったのに・・・」みたいなのはイヤだ。
命が助かってもそれ以後が生きていてもしょうが無い人生なら助からない方がいい。
そうマジマジと思う日が続いた。(土方や竜馬と一緒にしたら怒られそうだが)

車を運転してる時など思いきりアクセル踏みっぱなしで「このまま突っ込んだら死ねるかな」
とか思ってしまう。
「失うモノも無い、痛いのだって耐えれる自信はある、今更死ぬのは恐くないな」ボーっと
考えてしまう。
『キンコン♪キンコン♪』車が旧式なので110キロを超えるとアラームが鳴る。
少し我に返ってアクセルを緩める。
「まぁここで事故っても人に迷惑かけるだけだし、それこそミジメの極みで死ぬのはカッコが
悪いよな」
「それにオペした先生や看護婦さんの努力もムダにしちゃうのは悪いしな」

そんな事が何回も何日も続いた。