第47話「鬱の薬」

どうにもスッキリしない日々を悶々と過ごしていたのだが転機が訪れた。
いやー良かったね。
第三舞台・鴻上尚史の「朝日のような夕日をつれて」を観に行ったのがキッカケだった。
何年か前に実際に自分たちで上演したお芝居で、非常に気に入っている戯曲であった。
ちなみにというか当然というかセリフはほとんど覚えている。

「その時こそ私は、私でなくなったあの瞬間に、真っ向から立ち向かおう」
「何にも頼らない、何も待ち続けない、固有の人間として、私は私の寒さを引き受けようと決心したのです。」
「リインカネーション。生まれ変わりを私は、信じます。」
  
ラストシーン、後ろからの眩しい光とYMOの音楽のなか五人の男が立っている舞台の床全体が急角度に持ち上がる。
そしてなお五人は足元を一歩も揺るがす事も無くセリフを続ける。

朝日のような夕日をつれて 僕は立ち続ける
つなぎあうことも無く 流れあうことも無く きらめく恒星のように
立ち続けることは苦しいから 立ち続けることは楽しいから
朝日のような夕日をつれて 僕はひとり
ひとりでは耐えられないから ひとりでは何もできないから
ひとりであることを認め合うことは たくさんの人と手をつなぐことだから
たくさんの人と手をつなぐことは とても悲しいことだから
朝日のような夕日をつれて 冬空の流星のように
僕は ひとり
                       鴻上尚史「朝日のような夕日をつれて」より 
 
なみだがでた。
凄く格好良かった、凄く羨ましかった、凄く懐かしかった、凄く悲しかった、凄く嬉しかった、凄く腹立たしかった、凄く切なかった、凄く暖かい気持ちになった。
そして、あの時は理解できなかったセリフの意味が、少し解った様な気がした。

そうだ芝居をやろう
もう一度あの舞台へ。