第19話「転院」 兵庫医大へはオヤジの車で行く事にした。 荷物はあらかた片付けていたので出発準備はさほどの事でもなかった。 ヘロヘロなので車椅子で玄関まで行き車に乗る。 主治医のM先生も見送りに来ていたが少し暗い顔をしていた。 手を尽くしたのに治せなかったのが悔しいのか僕のこれからを案じていたのか… 寝台車で運び出されるホトケさんを何度か窓から見た事があるのだが、なんだかお見送りされる死体の気分が少し解ってしまった。 俺だったら思わず合掌して「ご愁傷さまでした」とかウッカリ言っちゃうかもなと思ったが、さすがにM先生は手など合わせていなかった。 「今頃、劇団のヤツラは楽屋でメイクとかしてるんだろな」なんだか少し寂しく思う。 時間があったら劇場を覗いてもよかったのだが高速の混み具合が解らないので早めに出る事にした。 思ったより早く兵庫医大に着き、早々に9階西病棟へと上がった。 婦長さんに案内されて最初8人部屋の31号室へ入ったのだがポータブルトイレを置けない程狭かったので急遽6人部屋の25号室へと変更になった。 早速主治医のS先生が現われ話をする。 「以外と元気そうだね、今日すぐにでも緊急オペするかもしれないと思っていたけど大丈夫そうだね、安心しました。」 M先生が連絡を取った一週間前は確かにヤバイ状態だったので緊急オペという事になっていたようだ。 うちのオカンが「絶対に大腸切らないとダメですか?」と今更ながら聞くと、S先生は 「そんなの切らなダメです。切らなかったら大腸癌になりますよ」当り前の様に言われた。 さすがに外科の先生はドライっていうか割り切ってるというかストレートだ。 結局オペは一週間延ばして、その間にオペのための検査をする事になった。 ベッドは西側の真ん中、向かいと左がオジイちゃんで、右と向い側左が50位のおじさん、向い側右には同い年くらいの兄ちゃんだ。 イビキかく人が居なけりゃいいのになぁーと思う。 夕方、うちの劇団のウチダとキダ君が見舞にくる。 姫路で昼の公演の後こっちに来たらしい、まぁ役者で出ているワケではないので時間はあったようだ。 キダ君が「彼の解釈したエヴァンゲリオンのサイドストーリー」の脚本をくれた… なぜにこう俺の回りにはこーゆー奴が多いのだろう?類は友を呼ぶという事か。 とりあえずお返しに「キダ君、ほらほらアンビリカルケーブル(IVH点滴の事)」とか「ほらほら、[知らない天井]」とか言ってもてなす。 不思議な事に以外と元気だ。 --------------------------- 第20話「医大の夜」 夜寝ていると隣のベッドが慌ただしい。 隣のMさんは鼻から管を入れているのだが、先生はその鼻管を更に奥まで飲ませているらしい。 看護婦さんもベッドの横にある鼻管のポンプをゴソゴソいじくっているらしい。 人の事は言えないがデカイ看護婦さんだったのでベットとベットの狭い間で悪戦苦闘しているとドカンドカン ベットに体当りしてくるので目が覚めてしまった。    「はいMさんゴックンして」「うおぁあおえぇー」「はいゴックン」「うおぁあえぇ」 なんかエライことになってるらしい、はっきり言ってオチオチ寝てられない。 そのうちMさんは「先生もうワシ駄目ですわ、きっとオペ失敗やったんですわ…」などと泣きながら言い出した。 「なに言うてんねんMさん、大丈夫やがな心配せんでもええで」と主治医が励ましてる。 しまいには「せんせい筋肉弛緩剤打ってください」とか言っている。 ん?はて筋肉弛緩剤って聞いた事あるな何やったっけ?そうそう安楽死の薬やったよな… ってアカンやん!ますます眠れなくなってしまった。    しばらくして落ち着いたらしく主治医と看護婦さんはいなくなってしまった。 するとMさんがゴソゴソ何かをしはじめ部屋を出て行ったようだった。 「ん?トイレかな?」と思いさほど気に止めなかった。 ほどなくして看護婦さんがMさんの所にやって来たのだが「あれ?Mさんがいない・・・ えぇ!もしかして・・そんな・・・どうしよう!!」半ベソで飛び出して行った。 その時になってようやく鈍感な僕にも事態の重大さが解ってきた。 えぇ?ひょっとして思い詰めた挙句はやまったのか?9階だから飛び降り!?オイオイオイ    10分くらいヤキモキしていると何もなかったようにMさんは戻ってきた。 その後捜索中の看護婦さんが現れた。 「Mさんドコ行ってたのよ、もうっ心配したやんか」 「あーちょっと便所行っとったんや、なかなか出えへんかったんや」 ・・・さすが大学病院1日目からなんかスゴイぜ --------------------------- 第21話「内科と外科」 一週間前は最悪だったのだが転院前から段々体調が良くなってきていた。 主治医の下に付いているサブの先生の話では「とても良い状態でオペができそうです。 前の病院での治療が良かったんでしょうね。動脈注射が効いたんでしょう、内科ではあまりやっていない治療でデータ的にも珍しいです。内科でできる事は全部やってるみたいですね、なかなかここまで出来ないですよ。」という事だった。 僕が褒められたわけでは無いがとても嬉しかった、改めてM先生にありがたく思う。    話を聞くとサブの先生は元々内科の先生(研修医)で「外科と内科の連携」のために内科から期間限定で外科へ来ているのだそうだ。 内科と外科では治療方針が全く違うので反目しがちなのだが「そりゃちょっとマズイ」ってんで相互理解と連携円滑のために研修医を交換しているらしい。 内科の先生は普通、患者を外科へ送る事を気持ちよくは思っていない。 「切らずに治したい」「切った後を良く知らないので怖い」「もうちょっとで治るかも」 とか、なんかそーゆう感じだ。 その結果、「切るタイミングを逃した患者」っていうのができ上がる。 そういう患者は合併症や副作用を「リーチ一発つもドラドラドラ跳満!!」ってくらい持っている。 外科に送られてきても「オペを受ける事自体が命に関わる」なんてコトになってしまう。 だから「こんなになる前にステロイド辞めてほしい」「もっと安全な状態でオペしたい」 まぁそんな感じだ、外科の先生は。    「内科で患者の容態・副作用を見極めて良い状態(最低限オペの受けられる状態)で外科に送ってオペを行う」てーのが理想的な内科外科の(病院を超えた)関係ではないだろうか。 でもまぁとーってもムズかしいだろなソレって。 --------------------------- 第22話「言魂」 兵庫医大の9階西病棟の男子トイレには落書きが書いてある。 鉛筆で書かれたとても小さな落書きだ、なにしろタイルの目地に書かれてるのだから。 いまにも力尽きそうなヨロヨロの字で「ガンバレ ガンバレ」と書いてある。 「おまえも頑張れよ」とジミー大西のように思わずツッコみたくなる程弱々しい字だ。 一体誰が書いたのだろうか。 見舞客が書き付けたのか、それとも患者が自分自身を励ますために書いたのか…。 日本の古い信仰には「言霊(コトダマ)」といって言葉には神秘的な力や魂が含まれているという考えがある、神主のノリトなんかがそうだ。 目地に書かれた「ガンバレ」という言葉にはたしかに言霊があった。 今にも消えてしまいそうなくらい小さくて心細いのに中心にはとても温かい光がある様だった。 あらゆる災厄が飛び出したパンドラの箱の、最後に出て来たっていう「希望」という名前の小さな光の事を思い出した。 兵庫医大に転院する前から、不安で夜眠れない時には自分で自分に「絶対頑張るんや!絶対頑張るんや!」と呪文の様に心の中でつぶやいてたので、思いがけず「ガンバレ」の落書きに出会ってしまった時は涙がとまらなかった。 トイレの落書きで泣くなんて今後の人生にはきっと無いだろうな。 それ以来、大切な人や本当に心配している人を、慰めたり励ましたりする時なんかにはやさしく「…ガンバレ」と言うことにしている。 そしていつもあの落書きを思い出す、「ガンバレ」という言葉が最後のせめてもの救いになってくれれば…、と切なく思う。 --------------------------- 第23話「老人H」 僕の向かい側にいるオジイちゃんHさんは「アドベンチャー」だ。 僕が入った時、Hさんは鼻から管を入れ熱を出してウンウンうなっていたのだが、なんでもオペ直後で絶飲食なのに食堂で勝手に「月見うどん」と「おにぎり」を食べたかららしい。 普通一週間以上かけて普通の食事に変えていくのだが、イキナリ「月見うどん」だ、お腹がびっくりしてイレウス(腸閉塞、食べ物や胃液等が詰まる)を起こしても不思議では無い。 っていうか起こさない方が不思議だ。    彼は3日イレウスで苦しんだ。 なのに、なのにである、また懲りずに食堂で「月見うどん」を食べてきたらしい。 いちおう「月見ウドンだけでオニギリ無し」って所に彼なりの配慮があったらしいのだが、彼にそこまでの危険を犯させる程の兵庫医大の月見ウドンっていったい…? しかし、看護婦さんの「いい加減にしとかな苦しいのHさんなんやで!!」という言葉を尻目にHさんは2回目のイレウスを起こす事なくピンピンしているのだからスゴイ。 さすがアメリカ相手にケンカ売ってた世代だ。    その後もHさんの武勇伝は続く。 Hさんの奥さんが付き添いでずっと居たのだが、Hさんがあんまりワガママ言うし調子も余り良くなかったので帰ってしまったのだ。 するとHさんは「ワシも帰る」と言い出し身支度を始めた。 しかし、そんなすぐ退院していい状態でも無いし、イキナリ許可も降りるハズがない。 看護婦の知らせで駆けつけた主治医の先生と廊下で押し問答をしるハメに。 僕はベットで寝たきりに近い状態だったので現場は見ていないが大声が聞こえてくる。 しばらくするとHさんは暴れだしたらしい。 「誰か!!早く沈静剤を持ってきて!!」「暴れないように取り押さえて!!」「イテテテテ!」 などとエライ事になっているらしい。 オイオイ、ここはER(外国の救急病院のドラマ)か?さすが大学病院は一味ちがうぜ。 ちなみにその後Hさんは主治医に説得されてとりあえずおとなしくなった。 看護婦さんの話では、どうも年の行った人ほどキキワケが無いらしい。 絶食とかも小さい子供とかの方がガマンできるんだそうな。 --------------------------- 第24話「手術前検査」 手術に際していくつかの検査をしなければならない。 手術ができる体かどうかを調べるのだ。 心肺機能・血液凝固・心電図・腹部エコー・コートロシン検査(血液でホルモン分泌等を検査する)・レントゲンなどがある。 あと大腸のカメラや造影があるが、僕の場合は患部を刺激したくないために検査は見送った。 「前に検査したカルテ貰っているからOK。 どのみち全部取っちゃうし」らしい…。 相変わらず外科はなんかドライだ。 カメラと造影が無ければ検査はけっこう楽勝だ。 心肺機能の検査は肺活量の検査(パイプに息を吹き込む)と心電図を取る。 血液凝固は耳に針を刺して何分で血が止まるかを計る。 個人的にはエコーがなんだか好きだ。 検査自体はゼリーを塗ったお腹をスキャナで撮るだけなのだがエコー室って暗くて狭くて機械が一杯で名前からして「潜水艦」のような感じなのでお気に入りなのだ。 ちょっとレッドオクトーバーとか沈黙の艦隊の気分♪(多分そんなの思うのはオレだけだろうが)    これらの手術前検査以外にも潰瘍性大腸炎患者は受けなければならない検査がある。 眼科での白内症・緑内症などの検査や、整形外科での骨量を調べる骨塩定量検査などだ。 UC患者のほとんどは目が悪くて骨粗鬆症にかかっている。 これらは潰瘍性大腸炎というよりステロイドの副作用に関係しているのだが。 あともう1つ検査があった、オペ後のストマ装具のテストだ。 ストマ(人工肛門、ストーマとも)につける便を溜める袋の土台"フランジ"が肌に合うかどうかをオペの前にテストしておかなければならない。 テストって言っても「いろんなフランジを小さく切ってお腹に丸1日張り付ける」だけだが。 人によっては肌がかぶれたりするので大事なテストではあるな。 --------------------------- 第25話「手術前日」 オペは月曜日に決まっていたので前日の日曜日はオペの準備と友人の見舞とでてんやわんやであった。 買い物(手術用の下着や水差し、オムツや箱テッシュやガーゼ等)はうちの親が行ってくれたが、剃毛やらフロやらイロイロ忙しい。    3時頃に例の彼女が友達と二人で見舞に来てくれた。 転院する前に書いた手紙に「1枚写真が欲しい」と書いていたので写真を持って来てくれたのだ、そりゃあとても嬉しかった。 本当はもっと話したかったのだが剃毛に呼ばれるは邪魔者はいるはで余り話をできなかった、ちょっと残念。 彼女達はそのままコンサートに行く予定だったのでそうそうに立ち去った。 その後入れ替わりで劇団の子達が見舞に来てくれた。 なんか武庫川を一度渡ってしまい道に迷ってしまったらしい、さすがマツイだ。 先週まで芝居でみんな忙しかったので顔を見るのは久々だ。 芝居の時の話を聞いて盛り上がる「ハムハム脱走事件」とか。 なんか芝居の中で本物のハムスターを使っていたそうで、そのハムハムがよりによって本番中に舞台ソデで居なくなり、みんなで必死に探したらしい。 さすがマツイの飼っているハムスターだ。 しばし盛り上がるが早く帰らないといけないらしい。 なんでも6時からマツイがバイトらしい。って今5時やんけ!さすがマツイだ。 前日の夜は普通「ニフレック」という下剤をしこたま飲まなければならない。 大腸が有って普通に食事していた場合は4リットルも飲むのだ。 味は「腐れ魚じる」とか「使用済み25Mプール凝縮じる」とか、まぁとにかくマズイ! 成分よりあの味のせいで下痢起こすんじゃないだろうかって思うくらいだ。 一応飲みやすいようにキンキンに冷やしてくれてはいるが、冷えてるから飲めるって代物では無い。 とにかく最初の一口目でいくら飲めるかが勝負のカギだ。 その他のテクニックとしては、口直しに飴をなめながら飲むのもいい感じ。 (すっぱい系が良いかも、黒飴とかはX。数種類用意しておくと無難) コーヒーとかパインのフレーバーを混ぜて飲む方法もあるのだがモノによっては変な味がプラスされるだけの可能性もあるのでモロ刃の剣か。 飲めないと「根性ナシ」と思われるのでチョットはずかしい。 どうしても飲めない時は鼻管を入れて流し込む方法もあるが、鼻管を飲むのも結構つらかったりする。    消灯前になると看護婦さんが睡眠薬をくれた。 オペ前は緊張して眠れない事が多いから睡眠薬を飲んでもいいそうだ。 寝る前に写真立てに写真を入れ、首からスカラベのペンダントを掛けた。 ぐっすり眠れそうであった…。 --------------------------- 第26話「オペ」 睡眠薬のおかげかぐっすり眠れた、目覚めもスッキリしている。 8時過ぎにはうちのオヤジとオカンがやってきた、朝早いのに遠くまでご苦労な事だ。 オペのために紙パンツに履き換え手術着に着替える、脱がし易い構造になっているのだ。 オペは10時からだがそれより早く麻酔科の先生が麻酔が効きやすくなる注射を打ちにくる。 注射を打って貰ってからストレッチャーに乗る、いよいよオペ室へと向かう。 「ほんだら、ちょっと切ってくるわ」愛想を振り撒く、相変わらずな性格だ。    建物の4階はワンフロアー全部を数部屋のオペ室が占めている。 ガラガラとストレッチャーで運ばれ入り口から2つ目のオペ室に入っていく。 手術台へ移されると真上にランプが幾つもついたライトが見える、なんか眩しい。 「おおっテレビとかで見るのと同じだー」なぜかチョットうれしい。 しばらくすると一人の先生が「じゃー麻酔するからねー」と口にマスクを当ててきた。 先生達は全員マスクと帽子をしてて誰が誰か解らないが、どうやら麻酔の先生らしい。 「はい大きく息を吸ってー」言われたとうり息を吸い込む。 一瞬「サイボーグ009」の改造手術を思い出すが、そのまま目の前は真暗になって行った。 かなり気持ち良かったような気がする。    次に目が覚めた時は誰かが「ヤナイさん、ヤナイさん」とペチペチ僕の顔をしばいていた。 「なんや、もういたいやんけー」ぼんやり目を覚ますと麻酔の先生だった。 「ううっなんかお腹もいたいやんけ、そっとしといてくれー」って感じだったが、意識が 戻っているかテストしてくるのでモーローとしながらも一応答える。 ほとんど裸で冷たい所に寝かされているらしく、かなり寒い。   その後はストレッチャーがエレベーターに乗る時にガタガタ響いて痛かったので「いたいーいたいー、やさしくしてー」とうわごとの様に言ったのだけ微かに覚えている。 痛みの感覚自体は全く覚えていない「どうも痛かったらしい」という知識として覚えているだけなんだよね。 --------------------------- 第27話「オペの夜」 その次に目が覚めると夜になっていて阪神高速の夜景が見えた。 9階の回復室(オペ直後など目の離せない人が入る部屋)に移されていた。 まず最初に頭に浮かんだ事は「大腸がないぞう」というどーしようもないギャグだった。 大体、内臓ならともかく大腸では駄ジャレにすらなっていないぢゃないか・・・。 ふと手を見ると人さし指に「脈拍を計る赤く点滅するセンサー」が付いていた。 「・・・ET」・・・うーむ、きっと麻酔が効き過ぎてどうにかなってたんだろうな。 ほどなく主治医のS先生がやってきた。 「オペは無事終わりましたよ、切った大腸の写真を撮っといたけど見る?」 なんか少し嬉しそうに勧められたけど、焼き肉屋行けなくなったらイヤなので丁重にお断りした。 S先生はちょっと寂しそうであった。   意識がはっきりしてくる、良く見ると両手首に紐状のアザが…オペ中って俺縛られてたん!? 聞いてみたかったが、なんかものすごい事をされてそうで聞かない方が身の為かな?と思いとどまった。 体は非常に重くてダルくてしんどい。 痛み止めが良く効いているのだろう、ガマンできない程の痛さは感じない。 さすがに咳やクシャミをするとお腹に激痛が走るが、おとなしく寝ている分には大丈夫だ。    しかしオペ直後はおとなしくずっと寝ているワケにはいかない。 時々体位を変えて、腸が変に癒着したり、こんがらがったりしないように、ゴロゴロ動かないといけないのだ。 体の右を上にしていた態勢から左を上の態勢にする。 腸がお腹の中をずれて行くような気がして苦しいというか痛いというか気持ちわりぃ。 あと喉に溜まるタンをうまく出さないといけない。 痛くないようにお腹を押さえてから、小さく咳を続けてタンを上げてくる。 そして最後に大きく咳をするとタンが取れるのだ。 もちろん咳をすると痛い、でもタンが溜まると窒息しそうになってしまう。 最悪、咳込んで息苦しさと傷の痛みの十字砲火に晒されることも。 ちなみにタバコを多く吸う人ほどタンが沢山出て非常に苦しい思いをする事になる。 隣のおっちゃんなんか「どうや苦しいやろ?タバコやめへんからやで、コレに懲りたらタバコなんか辞めるんやで」と看護婦さんに怒られていた。 ・・・俺タバコ吸ってなくて良かった。 (一応その看護婦さんの名誉の為に言っておくが、口は悪いが優しく介護してました) --------------------------- 第28話「ストマ」 オペの夜、看護婦さんがフランジを交換するというのでストマを見てみる事になった。 あまり気が進まないが、いつかは見る事になるので、潔く拝見する事にしたのだ。 なぜかうちのオカンが「いやぁ珍しいもん見れるわ、見よ見よ!」と一人嬉しそうだ。 まったく関西のオバちゃんというのは困ったもんだ。    腹帯をほどいてお腹を見る、ミゾオチの5cm位下からデカイ縫目が続いている。 黒くて太い糸がとても痛痛しい。 下の方には「粘液ろう」という直腸のはしっこがタラコみたいなのが有り、ヘソの右に5cm位横にはウメボシのような「ストマ」が付いている。 「いやぁーコレ梅干しみたいやわぁ、これ何?腸が出てるの?」 ・・・やれやれだ。 お腹の上は結構エライ事になっている、かなり刺激的だ。 後で聞いた話だが、女の人で初めてお腹見た時あまりのショックで、オペ直後にも関わらず取り乱して大暴れした人がいるらしい。 確かに女の人には刺激が強いかもなぁ。    「なかなか丸くて形の良いストマね」 看護婦さんによれば、真ん丸で上向きのストマがケアしやすくて良いらしい。 「人によったら[ピーちゃん]とか名前つけて可愛がってる人もいるのよ」 「なんで[ピーちゃん]なんやろ?」 「いっつも下痢ピーするから[ピーちゃん]だって」 「ははは・・・(笑えん)」    フランジを外してお湯で濡らしたガーゼでストマを洗浄する。 不思議なコトにストマに触られても全然痛くない。 「腸には痛点(痛みを感じるセンサー)が無いから触っても痛くないのよ」という看護婦さんの話だった。 「だからこんなことしても大丈夫」って指をストマの穴に突っ込んだ。 こらこらこら!ギャラリーおるからって人の体でそこまでサービスするんじゃない!    そのあと新しいフランジ(ワンピースという袋と土台が1つになっている)をつけて再び腹帯を結び直した。 このフランジ交換を一人でできるようにならないと退院させてくれないらしい。 --------------------------- 第29話「鼻くだ」 オペの翌日には回復室から一般病室へと戻る事になった。 まだ、いろんな管を付けられていて結構うっとおしい。 この時点で付いていたのは [酸素マスク]  よくTVで見るヤツだ。(寝たきりだったので心肺機能が落ちていた) [鼻くだ]    鼻からチューブを胃まで入れて胃液を吸い上げる(胃液で腸が詰まる) [尿くだ]    尿道にゴムのチューブを突っ込まれている、トイレに行かなくて良い。 [背中の麻酔]  脊椎に麻酔薬を入れる。効くと痛くない、効きすぎると飛んじゃう。 あとIVH(24時間の高カロリー点滴)が腕に刺さっている。    この中で一番嫌な管は「鼻くだ」だ。 結構太い管なので鼻の奥や喉に当たって痛い時がある、もちろん鼻クソをほじる事などはできない。 鼻くだは四六時中胃液を吸い上げ続けるためにポンプに繋がっている。 とても持ち運びできない装置なので、ベットから離れる時は一々管をジョイント部分から外して管を器具で挟んで止めなくてはいけない、かなりメンドウだ。 とにかく早く抜いて欲しい管なのだ。    しかし鼻くだは焦って抜くと後が怖い。 腸の動きが元に戻っていなければ、たちまち胃液が詰まって腸閉塞を起こして苦しむ事になるのだ。 だんだんお腹が張ってきて気分が悪くなり胃液を戻しまくる、かなりツライ。 その挙句、再び鼻くだを飲まされるハメになってしまう。 最初に鼻くだを入れられるのはオペ中で意識も無いのでなんとも無いが、2回目は意識のある状態で飲まされるので最悪だ。 「はい、ゴックンしてー」「お゛えぇぇー」「はい、ゴックン」「お゛えぇぇー」 文字どうり阿鼻叫喚が繰り広げられる。 ちなみに「鼻くだ」が付いているということは「絶飲食」を意味する。 胃液が溜まって詰まるくらいなんだから、水なんか飲んでいいワケがない。 一応「うがい」はしてもいいのだが、飲み込んだらダメなのだ。    しかし、悪い患者になると「少しくらいならポンプでどっちみち吸い上げるんだから大丈夫や」なんて水を飲んだりもする(イキナリの水に驚いて腸閉塞する可能性あり)    サブの担当医が患者の様子を見に来てみると、患者の鼻管を通常には存りえない紫色の液体が流れている。 驚く担当医、「ええっ!?なんでこんな色してんねん!エライこっちゃ!!」 鼻管の患者、「先生ごめん、さっき勝手にぶどうジュース飲みました」 ホントにあった話らしい、うーんやるな!! --------------------------- 第30話「大地に立つ」 オペ後1〜2日目には「尿くだ」が抜ける。 「はいはい、ごめんなさいよー」看護婦さんにムンズと掴まれヌポッと抜かれる。 「はぅっ」ちょっち痛い。 ちなみに、はっきし言って全く嬉しくも気持ち良くも無い、残念な事だ(オイオイ)。    尿管が抜けるという事はつまり「はいはい!トイレは自分で歩いて行く!!」って事だ。 外科ではオペ後2-3日くらいから、歩くように言われる。 早く立って歩いた方が、早く体が回復するからだ。 運動する事で酸素を多く吸収・循環させたり内臓へ刺激を与えて機能を活発にさせたりするらしい。 だからベットでゴロゴロしていると看護婦さんにサボっているかの様に言われる。 どーしても好きになれない唯一の看護婦Nさんの一言にカチンと来たので歩いてトイレに行く事を決心、「おうおう、歩いてやろうじゃんか」って感じ(口には出さんが)。 麻酔が効いているので寝ている分には痛くないが立ち上がろうとすると流石に痛い! 腹筋はお腹を切られているので使うと痛い、体を横向きにして側筋で体を起す。 ベットの手すりに掴まりながらもう一方の手でベットを押すように体を持ち上げる。 そのままズリズリとベットの端から地面へ足を下ろし、手すりに掴まって立ち上がる。 「ぬぅぅぅぅ」なんだか内臓が下の方にずり落ちていきそうな感じだ、お腹がニブく痛いので下っ腹を手で押さえる。 立っただけなのに息があがってクラクラ、足の筋肉も落ちていてフラフラだ。 立ったのは良いがそれから第1歩がなかなか出ない。 とりあえず点滴棒(点滴をぶらさげるキャスター付の台)に掴まりながら必死の形相で歩き始める。 ちなみにこの時、僕的には「なに!コイツ動けるのか?」とかガンダムの第1話をBGM付で連想していた。    そのまま第一目標の「トイレまで行く」を実行するため廊下に出る。 しかし10メートル程行った所で「う、たとえ行けたとしても帰ってくる自信が無い」 という事に気付き予定変更、後ろに向かって進軍する事に。 「だって大型トラックが横転事故起したら、巻き込まれる一般車両が災難やろ?」 その後30分程してから再チャレンジ。 1回目よりは簡単に立ち上がる事ができ、痛さも若干マシになった気がする。 今度は気分を変えてエヴァンゲリオンを想像しながら「初号機リフトオフ」「歩け歩け歩け歩け…」などとやはりBGM付でフラフラとトイレに向かう。 どんな状況でも、なんだかんだ言って楽しんでしまう自分がコワイ…    片道10分くらいかけてヘロヘロになって帰ってくると違う看護婦さんが「あ、もう歩いてるぅ!スゴーイ!!」だって…いや、だって、歩けって言ったから歩いたのに!!!。 --------------------------- 第31話「麻酔」 オペ後は背中から脊椎に直接ワイヤー状の極細のチューブで麻酔薬が入っている。 バルーンの圧力で自動的に少しづつ入る様になっている。 この麻酔はとても良く効き、効きやすい人ならオペ翌日とかでもピンピンしている。 ちなみに効きにくい体質の人は最悪で2、3日グッタリしてしまう。 5分置きにナースコールを押す人もいたりするのだ(単なる根性ナシという話もあるが) 「酒飲みは麻酔が効きにくい」などとホントかどうか解らないが言われていたりもする。 その日の朝は全くなんとも無く、昼前になってイキナリ体の調子が悪くなった。 腹の底から気持ち悪くなり、体全体が動けない程ダルく、油汗が出てくる。 「はぁはぁ、なんやっ急におかしくなったで!?」ワケが解らず取り敢えずナースコールで看護婦さんを呼ぶ。 「あらっ背中の麻酔が切れてるわー」よく見ると確かにバルーンがしぼんで薬も無くなっている。 ヘロヘロになりながら「くすりいれてーくすりー」、ほとんどヤバイ人状態である。 しかし看護婦さんの話によれば担当の先生にしか麻酔薬は入れられないらしい、早速サブの主治医の先生を探してもらう。 「電池切れかけリモコン戦車」「ポンプ壊れかけのカエルのおもちゃ」等を想像しながらしばしベットで先生を待つ。 「うーん、麻酔切っても大丈夫かと思っていたけど、ちょっと早かったかなぁ」 先生に麻酔薬のおかわりを入れてもらう。 すると程なく元どおり元気になってくる、さっきのしんどさが信じられないくらいだ。 いやぁー、クセになりそう。 余談ではあるが麻酔が効きすぎて飛んでしまう事がたまにあるらしい。 体験談によれば「看護婦さんが部屋中にコウモリをつるしてまわった」 「ベットに沢山の虫がわいて出てきた」などかなりダウン系になるらしい。 確かモルヒネ使ってるからとかなんとか…。 いやぁ一度話のネタに体験してみたいような気もする、小さい大名行列とか見えたりして。 --------------------------- 第32話「天孫降臨」 9階西病棟に変なおっちゃんがやって来た。 「ワシはなぁアマテラスオオミカミの生まれ替りなんや、そやからワシに祈ったら病気なんかすぐに治る!!」とのたまいながら重症患者のベットを布教して回ってるのだ。 しかも点滴棒をガラガラ引っぱって…「いや、アンタ、自分治せよっ!!」って感じだ。 なんでもUC患者で、長い間大量のステロイドの使いすぎでおかしくなったらしい。 たしかに目を見ると普通の人とは違った輝きをしている。 こーゆー人にはツッコミをいれてはイケナイ、相手をしない事にした。 向こうもそーゆーのは解るらしく僕にはかまって来なかった。 その後一度だけ風呂場で出会った事があったがその時はスイッチが入ってなかったらしく普通の会話を少しだけ交した。 しばらくしたある日、夜中の2時頃に廊下で大声出して暴れているヤツが…。 なんか騒々しいので目を覚まし「騒ぎの元はあのおっちゃん?」って感じだったが、わざわざヤジウマに行くのも「なんだかなぁ」と思いそのまま寝てしまった。 翌日他の患者に聞くと例のおっちゃんが大暴れして結局精神病棟送りになったらしい。    ステロイドの副作用で一番怖いのは精神異常だ。 確かに骨頭壊死や骨粗鬆症も怖いが「あっちの世界」に行ってしまうよりはマシだ。 「精神が不安定になる」とは聞いていたが気が狂ってしまうとは現実に目のあたりにするまで知らなかった。 まぁステロイドの副作用だけとは言えないんだろうけどね。 でも、もし医者の巡り会わせが悪ければ、自分もああなったかも知れないと思うと非常に怖く思った。    その後、某先生から聞いた話によれば、彼はしばらくして精神科で亡くなったそうだ。 点滴やチューブを引き千切ったり暴れて治療出来なかったりした為らしい。 「神さん違うて仏さんになりよったな」笑えない話だ。 ステロイドは潰瘍性大腸炎自体より何倍も恐ろしい。 --------------------------- 第33話「メシ解禁」 何も無ければ、オペから4日ぐらいで早くも流動食が始まる。 「えっ!うそっ?そんなに早くから食べてもいいの!?」かれこれ1月半は絶食してたのでオドロキであった。 おも湯みたいなオカユ、ニンジンかトマトか判らない赤いペースト、ホウレン草かもしれない緑のペースト、鳥肉か魚か判らない細かくなったモノ、ジュース等が出てきた。 久々のゴハンなので味覚が慣れていないのか「なんだか判らない」。 しかし非常にうまかった、「あぁー切って良かったなぁー」とゴハン粒すら無いオカユを噛みしめながら思った。 翌日にはもう3分粥にランクアップする。 オカユが少しマシになりペースト状のモノから形のあるモノに変わる。 イチョウ切りのニンジンに「カタマリ喰ってもエエんやぁ!」目の幅で涙を流す程に感動した。 さて、そこまでは良かった、そこまでは…。 問題はデザートに出てきた「リンゴ」であった。 なんと「皮剥いて半分に切って芯を取っただけ」そのまんまのリンゴなのだ。 「むむぅっ!コレはなんぼなんでもアカンやろ?!食べたらヤバイんちゃうん?!」 「ははーん!さては俺を試しとるな?退院して無茶喰いするか試してるんや!?」 「食べるべきか、食べざるべきか、それが問題だ。」 悩んだ挙句、結局は用心して半分だけリンゴを食べた、もちろん良く噛んで。 疑心暗鬼になる程シアワセであった。 --------------------------- 第34話「イレウス」 オペ後よくあるトラブルとしてはイレウスが1番なりやすい。 イレウスってのはいわゆる腸閉塞ってヤツだ、食べ物が腸で詰まって流れなくなってしまう。 原因はよく解らない、狭窄(腸が細くなる)しているワケではないのだが…。 イレウスには色々ジンクスがある「オペ日から3、5、7、9の奇数日がヤバイ」とか「1回イレウスを起したヤツは2回は起さない」「2回起したヤツは3回起す」などと良く解らない噂がまことしやかに囁かれている。 あと「よく歩いてたらイレウス起しにくい」と言われるが、コレは信評性があるかな? 朝10時頃、ベットでゴロゴロしているとなんとなくお腹が張って気持ち悪い様な気がしてきた。 看護婦さんに「なぁなぁKさん、なんかお腹痛い」と主張してみるが「またまたぁー」とギャグだと思われる、…見た目がコミカルだとこうゆう時かなり損だ。 「気のせい?」とも思ったしイレウスだという確証も無かったのでしばらく様子をみることにした。 が、しかし、段々気分が悪くなってくる、吐きそうだ。こりゃヤバイ。 「KさんKさん、まじでイレウスやって。ほら、便も全然出てないし」パウチを見せる。 「やぁほんまやイレウスかもなぁー、もっと早よ言うたら良かったのにー」 「いや、さっき言うたがなっ!!」ヘロヘロなのに取り敢えずツッコミだけは入れる。 イレウスを治すには、1.お腹を暖める 2.管を鼻から入れて溜まった胃液等を吸い上げて減圧(詰まった台所の流しと同じ) の2つぐらいしか無い。 しかし、鼻管となるとやっかいだ。 治るまで絶飲食に逆戻りだし、なにより鼻から管を飲み込むのが非常にツライのだ。 とりあえず蒸しタオルを何枚もお腹に乗せて温めてみることにした。 幸い軽いイレウスだったらしく、しばらくすると腸が動き始めた。 腸がゼン動してのたうっているのが解る、結構いたい。 ほどなく人工肛門から便が出始めた。 どうやらピンチは回避できたらしい、やれやれ。 --------------------------- 第35話「有馬記念」 病院での娯楽というのはだいたい相場が決まっている。 野球・相撲・将棋・競馬、はっきり言っておっさんの娯楽だ。 まぁ兵庫医大の場合、外から入ってくるメディアは、阪神の記事しか載っていないスポーツ新聞とNHKとサンテレビ(超ローカル局、主に競馬・阪神戦・時代劇)しか映らないテレビ(しかも病室には無い)ぐらいなので自然と話題はそっちへ行ってしまう。 僕は普段競馬など全くやらないのだが、何しろ暇で暇でしょうがないので、有馬記念の予想でもしてみる事にした(96年の話)。 まったく競馬新聞の読み方が解らんので競馬好きの先輩に電話でイロイロ教えてもらう。 馬券も彼女が買ってきてきてくれる事になった。 1番人気のサクラローレルとちょっと外してファビラスマフィン、マーベラスサンデー、などというお馬ちゃんを買ってみる事にした。    「絶対勝つレースに大金突っ込む事が競馬で勝つ方法や」 「それで負けたら勝つまで金額を倍倍にしていくんや、最後には絶対勝つで!」 と会社のヨコヤマさんが赤エンピツを耳に挟んで仕事サボりながら血走った目で力説していたのを思いだす。 彼は「500万取った」だの「1500万逃した」だのカナリの競馬人なのであながち間違った事は言ってないのだろうが、そこまで行くとちょっとなぁー。    なにはともあれ有馬記念当日、ベットに寝転がってラジオのイヤホンを装着、競馬新聞を見ながらレース開始を待つ。 なんか向こうはすごい人出でエライ事になってるようだが、こっちは年末で閑散としている同室のSさんが歩行訓練をさせられているがタレパンダのようにゆっくり動いている、かなり対照的だ。 ファンファーレが鳴り響きレースが始まる、金をかけている上に音しか聞こえないラジオなのでカナリ盛り上がる、ちょっと「こち亀」の両さんの気持ちが解る気がする。 アナウンサーが「ローレル」だの「マヤノトップガン」だの「ヒシアマゾン」だの馬の名前を一杯白熱して叫んでくれるんだがハッキシ言ってナニがどうなっているか良く解らない。 すげぇドキドキする、自然と手がグーになってしまう。 最後の直線でアナウンサーがサクラローレル、横山(騎手)の名前を絶叫しているが場内の歓声と混ざって、もうわけが解らない。 「だから、どーやねん!!」エキサイトしてツッコンでしまった。 1着サクラローレル2着マーベラスサンデー「おっしゃあ!やったぁー!!3万円!!!」思わずガッツポーズをするが、ふと気が付くとSさんと看護婦のMさんが呆然とこっちを見ていた・・・。 どうも独り言を言っていると思われたらしい、ヤバイヤバイ。 いやぁ病院のベットで競馬ってのもなかなかオツだね。 --------------------------- 第36話「聖夜」 オペから一週間、12月24日。いわゆる世間でいうクリスマスイブってヤツだ。 病院でのクリスマスはハッキリ言ってわびしい。 ナースステーションの窓口で悪あがきしてる小っちゃいツリーがわびしい。 晩ご飯に付いてきたパンケーキと給食部からのクリスマスカードがわびしい。 (まぁコレはコレで非常に嬉しかった、給食のおばちゃんアリガトウ。) よりによってクリスマスに仕事しているナースがわびしい。 しかし一番わびしかったのは、最悪な事に今日1回目のオペでクリスマスどころではない同室のイシカワ君(UC)だったかもしれない。 (ちなみに彼とは3回とも入院同期の戦友というかライバルというか腐れ縁となる) 誰かに電話でもかけて相手して貰おうかとも考えたが、相手して貰えなかったら非常に悲しい思いをするのでグッとこらえた。 点滴も外れて食事も常食になっていたし、足腰も回復していたので、ここはひとつ「脱走」してシャバの空気を吸いに出かける事にした。 外出用の私服が無いのでジャージを隠し持ってナースステーションの前を何喰わぬ顔で通り過ぎる。 「大脱走」のテーマを口づさもうとしたが浮かばなかったので「ワルキューレ騎行」を口づさむ、第一関門クリアだ。 エレベーターで1階へ降りロビーで病衣からジャージへ着替える。 出口をいくつかあたるが閉まっているので警備員詰所の前を通って堂々と出ていく事にした、ちょっとドキドキ。 意外と何も言われずに出る事ができた、大きい病院で出入りが多いからかもしれない。 実際、医学生とかが居残りしてたりするし(人の居ない待合室で寝てる奴もいた)。 第2関門もクリアだ。 歩いて5分程でローソンに着いた、久々に外を歩くと結構疲れる。 店内で知らないうちに出た新製品にちょっち感動するも、早くも疲れてきたので、とっとと買い物をする事にした。 結局、病院の本屋で売っていない雑誌、新製品のジュース、オデンを買った。 帰り道途中の公園で一休みがてらオデンを食べる。 「おぉ!おでんやぁ!!」オデンごときに感動できるんだから安いものだ。 [病院抜け出してオデンをくそ寒い公園で一人月を見ながら食べる]というワビサビの効いた純日本的なクリスマスだった。 --------------------------- 第37話「元旦」 97年の初日の出は兵庫医大で迎えることとなってしまった。 外泊できるような軽い症状の患者はみんな家に帰っているし病院自体も休みなので静かなものだ。 テレビが無いので紅白や正月特番が見れないので、あまり正月って気分がしない。 しいて言えばウチダが持ってきたシメナワ(自動車用)がベットの名札の所に付けられている事ぐらいか。(K先生には非常に受けていたが・・・) とりあえず「明けましてオメデトウ」同室の人と補助婦のおばちゃんと看護婦さんに年始廻りをしてみる。 「看護婦さんも正月から大変やなぁ」「まぁどうせ正月明けてからゆっくり休み取る方が人出とか少なくていいし、正月の病院っていうのもいつもと違ってていいよ。」 ホントにご苦労様です。    自販機までジュースを買いに行ったが出会う人はみんな「おめでとさん」と気軽に気持ちよく挨拶を交してくれる。 まぁ、「残っている人が少ないから」っていうのも有るんだろうけど「お互い大変ですなぁ」という妙な共有感がある為かもしれない。 病院のご飯には全く期待していなかったのだが、予想を反してゴチソウが出てきた。 なにより器からしていつもと違う、今までの食事では見た事ない大皿1枚で出てくるのだ。 大きな魚が1匹(鯛かどうかは不明)乗っていて、他にも百合根や黒豆などの正月料理も色々ついている、もちろん雑煮も一緒に出てきた。 「えっうそ!?めっちゃ豪華やんっ!!やるなぁ給食部!!」 さっそく雑煮を喰っていると向かいのイシカワ君が「ええなぁヤナイさんの常食豪華で」とボヤいている。 彼はオペ後6日ぐらいだったのでまだ常食になっておらず「お粥と味噌汁だけ」なのだ。 お碗を明けたイシカワ君が「ヤナイさん、やったー!俺の味噌汁にも餅が入ってる!すげぇ!!」と喜んでいる。 が、しかし「うわぁ!良く見たらコレ卵やぁ!!」・・・・・。 --------------------------- 第38話「フランジ交換」 オペ後退院する為には絶対に出来なければならない事が有る。 そう、それはフランジ交換。 例え小学生だろうが80歳のおじいさんだろうが一人でフランジ(ストマに装着する便を溜める袋の「土台」)の交換ができないと退院させてくれないのだ(例外はあるが)    フランジは色々あり、2ピースで袋(パウチ)が脱着式のものが一般的だ。sutoma.html お値段は200円から1000円くらいと種類によって様々。 ちなみに保険適応外(永久人口肛門は除く)なので結構費用はバカにならない。 交換頻度は3日に1度くらいから持ちが良い人なら一週間程度、便や腸液でフランジが溶けてくる来る前に交換する必要がある。 夏場汗をかいたり下痢続きだと更に交換をマメにしないといけない。 一番値段の安い1ピース(袋と一体型100-200円位)を毎日交換する方法もある。 夏場に毎日風呂に入る場合とか便利だ。    普通、患者一人につき看護婦さん一人が担当に付き、フランジが一人で交換できるように教えてくれる。 が僕の場合担当のK西さんが異動してきて間もなく慣れていないのでナース若頭もとい主任のF部さんの二人が担当になり、さらには新任の婦長さんまで「勉強したいから見せて」ってことになった。 いやぁもうF部さんってちょっとジャイアンか和田アキ子入ってるので(面倒見が良いということです多分)ビシビシ教えて頂き、速攻で技術習得いたしました、ハイ。 っていうか最初っから自分でやってたような・・・普通はナースがやるのを何回か見て覚えてから自分一人で挑戦します。    交換手順としては 1.交換準備。新しいフランジ・パウチ・ガーゼ(ネオガーゼ)・ティッシュ・お湯・ナイロン袋・ハサミ・ストマの型紙(あらかじめストマの形・大きさを取る)を用意する 2.型紙に合わせてフランジにストマが顔を出す穴を開ける(既に穴が空いているモノも有る) 3.お腹のフランジをガーゼを使ってお湯で濡らしつつ取っていく。このときナイロン袋をズボンに挟んで口を開き、フランジや便を受け易くすると良い。 4.濡れガーゼでフランジが張り付いていた皮膚を綺麗にする。腸は勝手に動くので便がどんどん出てくるのでティッシュで拭く。 5.フランジのシールをめくってお腹に貼り付け、袋(パウチ)を付ける。漏れが無いかパウチに空気を入れて膨らませて調べる。 ざっと10分-20分くらいかかるだろうか。慣れれば5分とかからない。 朝一の腸が寝てる時に変えるのがコツだ。 K西さんがなぜか笑ってる「くっくっく・・・」 「ん?どしたん?」「だってお腹が…くっくっく…お腹が波打ってる…あはははは」 「あっあほ笑わすなー俺笑ったら腹痛いやんけ、ぐはは…お腹っお腹痛い…ぐはっしっ死ぬー」 「あっはっはっはー痛がりながら笑って、よけいお腹波打ってるぅーあっはっはっは!」 K西さんが笑わすのでフランジ交換はいつも阿鼻叫喚・・・ --------------------------- 第39話「落書き帳」 オペも終わり元気になって来るとじっとしているのが苦痛になってくる。 夜なんか特に何ってすることが無いので病院のアチコチをウロウロ散歩する様になった。    ある夜、売店の隣のリハビリセンターの待合室で本に混ざって落書き帳を見つけた。 結構前から有ったらしく何冊かあった。 中を見ると大半はお子様による「ドラえもんらしきもの」「セーラームーンかもしれないもの」などが書きまくって有ったが、一部知性を持っている書き込みもあった。    中には看護婦さんと患者さん(知らない同士)とが悩み相談してたり、入院してから退院するまでの日記なんかがあり、そこにはドラマがあった。 インターネットをしている今でこそカキコミとかはコミュニケーションツールとしてなんとも思わなくなってしまったが、その時は凄く面白いと感じた。   日付等から最近は誰も書き込みしている感じはしなかったが、取り合えず適当に書き込みしてみた。 「まぁ日記みたいなもんだ、どうせあと2回も入院するんだから先は長いしね。」って感じ。 そのうち、高校生の女の子がこのノートを見つけたらしく、書き込みが増えていた。 なんかヘルニアかなんかでちょっと切るらしく、しばらく入院するって話だった。 その後彼女からの書き込みが無かったので「退院したんだろなー」っ思っていた。 が、しかし実際はそうじゃなかった、彼女からの書き込みがあった。 「中を開けたらヘルニアじゃなくて子宮に腫瘍ができていて子宮を全部取った」 彼女はオペが終わった後で全てを聞いたそうだ。 僕は男なので子供が産めない悲しさは解ることは出来ないけれど、彼女の文面からすごい悲しみが伝わってくる事は解った。 こんな時なんて言えば良いのだろう、同情や慰めの言葉なんか欲しくない事は身をもって解っていたが…何も書くべき言葉が見つからなかった・・・ その後彼女はだんだん元気になって退院して行った。 なんだか、健気に立ち直っていく姿に反対に励まされてしまった。 悲しい出来事だったけれど彼女にとって何らかの形でプラスになって欲しいと思うと同時に自分も頑張ろうと思った。 --------------------------- 第40話「フランジ漏れ」 オペ後ストマの身になってみるとイロイロ不便なことが出てくる。 まず、うつ伏せで寝ることができない。 なにしろ便の袋がお腹に張り付いているのでウッカリ寝返りでも打ったりすればパウチに圧力がかかってパンクしたり、フランジと肌の間から漏れたりするからだ。 だから寝る時はお行儀良く寝なければいけない。 しかも小腸って夜中も勝手に動いているので、気が付くとパウチがパンパンになっていたりするので気が抜けない。 寝る前に一度パウチを空にしてから、夜中2時ごろにもう一回起きて空にする方が無難だ。 まぁ夜中にトイレに起きなくて良い人もいるが、夜に漏れる人は目覚ましかけてでも起きる方がいい。 まぁ慣れてくると「ん?パウチがパンパン?」って圧迫感で目が覚めるようになるが。   夜寝てるとなんだかお腹がカユイ。 「ん?なんでだろ?」お腹のあたりを触るとヌルっと冷たいものが・・・。 「んー、どうしようコレがフランジが漏れるってことか・・・」 取り合えず起き上がると余計便が漏れ出てきそうだったので、寝たままナースコールを押す。 「はい、どうしました」「いや、なんか、フランジ漏れたみたいです」 看護婦のOさんが来てくれた。 「あら、漏れちゃったのねー、ビックリしちゃった?今キレイにしたげるからねー」 なんか優しい、ちょっと子ども扱いっぽいけど。 「うん、大丈夫大丈夫。シーツは私が変えておくから、お風呂入っておいで」 「でも病院で一回漏れておけば家帰ってからイキナリ漏れるより安心でしょ?」 「ストマの人は誰でもみんな漏れること有るんだから、気にしない気にしない」 Oさんはとても優しかった、日頃はガニ股でノシノシ歩いてるのに(余計なお世話だ)。    まぁいい大人(大人じゃなくても)が夜中にウンコ漏らしたりすりゃへコみもするわな。 しかも人口肛門となりゃヒシヒシとみじめで悲しい思いになってもくる。 看護婦さんの心遣いが身にしみる。 「よし、今度街角で[看護婦の労働条件改善への署名活動]を見たら名前を書こう」 と思わずにはいられなかった(なんじゃそりゃ!)。 --------------------------- 41話「仮出所」 転院から1ヶ月、オペから3週間、模範囚でまじめに勤め上げた僕はめでたく退院することができた。 退院って言っても3-4ヶ月もすればまた戻ってこなければならないので「仮」って感じだが・・・    退院後取り合えずは2週間に一度ステロネマやプレドニンを貰いに来なければいけないので、次の外来受診の予約を入れ、フランジやネオガーゼを医療売店で買い溜めする。 フランジはどこにでも売ってないし、最悪在庫が切れたりする事も有るので多めに買っておく。 しかも漏れたりすると一発でダメになる為に交換のペース配分が読めないので余分に持っておく方がいいのだ。 そんなこんなで荷物はスゴイ量になってしまった。 まぁそのうち半分はワケの解らないお見舞いの品とかだったりするのだが。 退院する時なんかに気になるのがいわゆる「お礼」ってヤツだ。 待合室でも時々「先生にはお礼する方がいいんでしょうか?」なんて会話が聞こえたりする。 ちなみに僕の主治医はそーゆーのは一切受け取らない。 すごい生真面目な先生でお金やお礼の為に医者やってるって感じでは無いからなー。 まぁ町の開業医とかなら受け取るだろうけど「○○大学病院」とか付いてる病院の先生はそういったものはほとんど受け取らない。    取り合えず同じ病室の人に一通り挨拶して退院祝い(?)でみんなにテレカをあげる、タオルとか貰うよりはこっちの方が良いよな。 食道癌で入院しているモリモトさんにも挨拶する。 「オペ大変でしょうけど頑張ってくださいね」 「あー、ありがとう。でも多分今度ヤナイ君が戻ってきてもまだ俺おると思うで」 「オペ終わってもまだまだ時間かかるみたいやからなー」 彼には小さい子供さんが二人いて奥さんと良く見舞いに来ている。 是非とも良くなって欲しいものだ。 会計で入院費用を支払う、特定疾患の申請が遅かったのでまだ受給者証が無く、結構な額を払う。(受給後に戻ってくる)    「さー何食ったろーかなー!!カツ丼?らーめん?モスバーガー?」 (なんか安い食いモンばっかし…) 相変わらずノーテンキだ。 --------------------------- 42話「一期一会」 世の中には知らなければ幸せな事ってのがある。 退院後、例の彼女の親友Oさんがそのことを教えてくれた。 「あの子な、ホンマはアンタに写真渡したくなかったんやで」 「私があげたりって言ったから渋々あげたんや」 「本当はトキが病院変わった週に新しい彼氏ができたんや」 「なんか演劇見に行った次の日に告白されて付き合いだしたんやって」 「それでまた相手がスキンヘッドのチンピラなんやで、黒いクラウン乗り回してるわ」 「どう思う?あの子ひどい子やでー」   「っていうかアンタこそ余計なこと教えてくれる「ひどい子」じゃないか!」その時はそんなコト言える精神的余裕はまったく無かった。 大体「演劇見に行った次の日」って手紙渡した次の日じゃないか。 って事は僕からの手紙受け取ってから付き合ったってことになる。 ちなみにあの手紙には告白が書いてあった。 オペ前に逢った時、彼女はどんな気持ちだったんだろう。 一体どんな気持ちで写真をくれたんだろう。 すごく写真をあげるの嫌だったってなんでだろう? 彼に申し訳なかったから?僕に申し訳なかったから?それとも自分が傷付きたくなかったから? あの時の涙だって、そう。 誰のためのどんな意味の涙だったんだろう。。。 「そうかー、俺やくざにすら負けるのかー。」 「難病患者で大腸無いから普通の人よりは劣るとは思ってたけどチンピラ以下かー。」 あんまりにも悲しすぎて涙も出なかった。 それどころか他人事のように思えてくる。 『コイツ可哀想なヤツやなー。あの時死んどったら幸せに死ねとったのに。あーあ、もったいない』 人の心って極限まで行くとブレイカーが落ちるらしい。 僕は10年近く彼女の弟みたいな関係で親しくしてて彼女の事を一番知っている(つもり、かもしれないが)彼女はとても優しい人だった、ちょっと残酷なまでに優しい所も有るが。 だからきっとすべて彼女の優しさが原因しているのだと思う。 っていうかそう思いたい。 まぁ実際オペを乗り越えれたのも彼女のおかげだったしね。    あーあ、せめて僕がフォレストガンプくらいIQ低かったら苦しまなくてよかったのに。 --------------------------- 第43話「出社」 退院したので取り合えず会社に報告がてら出社した。 一応オペが決まった時点で人事の人にはオペが終わるまで自宅療養して良いということで話がついており、社長の了解も得ていた。 仕事しなくて良いって状況で会社にいくのは気楽でいいやね。 入院前は全然休みが取れなくて過労で倒れそうな(実際病気になった)程で仕事に行くの嫌だったが手伝わされる事も無いので気楽だ。 「どれどれ、みんながヒーコラ安月給でコキ使われている様子でも見に行こうかな」ってなもんだ。 実際、僕が入院した直後はプラント班(豆腐の豆乳を作る所)では休みが無くなった。 夜勤2人・昼勤1人・休み1人で毎日ギリギリのローテーションしていたので仕方ない。 しかも休みを利用して昼勤→夜勤へとシフトするため(でないと昼勤の日の夜に夜勤)昼・夜勤の切り替えができず勤務体系が1ヶ月そのままになったという。 けちな会社なので人間ギリギリでやってるからこういう事になる。 よその班では、夜勤明けの睡眠不足(仮眠も休憩も無い)で会社出て30メートルの所で車の横転事故を起こしたヤツが病院から電話入れると「で、今晩の夜勤は出てこれるんやろ?」って言われたり (彼はその後退職したのは言うまでも無い) 僕が機械で頭挟んで切った時も「今病院行って帰ってきてから仕事するのと、今仕事やって終わってから病院いくのとどっちが良い?」なんて言われたり(結局血だらけで仕事して後で5針縫った) 常務いわく「ウチの会社で1年働けるヤツは他所では10年は働ける根性がつく」だって。 なんて素「敵」な会社なのでしょう、涙が出てくるよ。 当然辞める社員も多く更衣室にはいつも求人誌がおちている。   あんまし逢いたくなかったのに常務に出会った。 「おう、ヤナイ。お前ややこしい病気になったから思て[運が悪かった]とは思うなよ。 世の中にはな、もっと大変な病気もっとる人がおるんやからな。五体満足なだけ幸運や思わなアカン」    思わず目が点になった。『えっ?この人何いってんの!?』 よくもまぁ、働きヅメで体壊して退院して間もない社員に、五体満足で毎日マージャンとパチンコしかしない社長の弟ってだけで常務やってる高校もマトモに出てない(ヤンキーだった)上司がそんなコト言うのね。 折角「誰も悪くない、ちょっと運が悪かっただけ」って思う事で納得しようと思ってたのに。 しかもその話は社長のウケウリじゃん。 それに社長のは「元気に働けることに感謝して頑張れ」ってイミの話だったハズだが・・・ せめてもうちょっと「大変やったな」とか「もう大丈夫なんか?」くらい言えんのだろうか。 --------------------------- 第44話「保健所」 退院後、特定疾患受給で払い戻される病院の入院費の書類を持って保健所へと行った。 去年の末にウチの親父が登録申請を出したのだが事務手続きが年を越すという事だったので改めて足を運ぶ事になったのだ。 難病の担当課を探して事務員の人に書類や領収書などを出す。 が、しかし「特定疾患の申請書が出てないから払い戻しなどはできない」と言われた。 んん?なんかオヤジの話とぜんぜん違う。 オヤジの話では「年明けて退院してから書類持ってきてくれれば全て良いようになっている」という事だったのだが・・・ 何しろ最初から僕が手続きしていた訳ではないので話が見えない。 まったくの平行線で話が進まないので一旦改めることにした。   帰ってオヤジに話すと「ああん?なんや役所の手続き一つようせえへんのか、しょうがないのう」 今度はオヤジが行く事になった。 オヤジの話では取り合えず 「おいっ話が違うやないか!責任者出さんかい!下っ端は話にならん!上呼べ上を!!」 とワンフロアーまる聞こえの声で話を付けたそうである。 「あんな所は大声出したらええんや、まぁオマエ若いからナメられよるからまだ無理やろけどな」 ってオヤジ談。 うちのオヤジは一応『よその人にもオヤジと呼ばれる人』ではないのだが、仕事が建設関係なので、ややこしい人やややこしいトラブルでイロイロ経験値豊富なのだ。 いわゆる「ごねかた」をよく知ってるのだ。 結局、保健所には申請書類は出てて問題は何も無く、単に下まで連絡が行ってなかったらしい。 まったくもっていやはや・・・でも勉強にはなったな(コラコラ)。 友達のガマちゃんも言ってた 「おっきい声で怒鳴ればいい、話の解る人か警察の人かどっちか出てくる」って、おいおい。。。 --------------------------- 第45話「密室事件」 オペが済んでストマになってからどうも外出がおっくうになった。 なにしろお腹に便の入った袋をぶら下げてるんだから面倒だ。 小腸は不随意な(思って動かせない)器官なので、ありがたい事に僕の都合も考えずにジャンジャン便やガスを生産して勝手にパウチをパンパンにしてくれるのだ。 おまけに「ぷしゅうぅぅーきゅるるぅぅぅー」って変な音のオナラしてくれる、しかもお腹の辺で音がするのでカナリ変! それに、気が付くといつの間にか袋が破裂寸前・・・いやアンタ『風船割りゲーム』じゃないんだから。 ・・・む。・・・今一瞬『ストマ患者だらけの大運動会』などとバカなことが頭をよぎった。。。 ・・・水上騎馬戦でフランジ取られてストマがポロリ・・・イヤーンなんつって。 それにしても勝手にオナラが出るのは困ったものだ。 エレベーターで他の人と一緒の時など「ぷぅぅぅーー」ってやられるとたまったもんじゃない。 『あ、この人俺がオナラしたと思ってる!俺じゃないぞ、コイツ(ストマ)が勝手にやっただけなんだ!俺だけど、俺じゃないんだ信じてくれっー!!』 『ほら、それにニオイなんかしないだろ?ちゃんと袋、密閉してあるんだから大丈夫なんだってば!』 「ぷぅうううぅぅぅうううぅぅぅーーー(オナラの音)」 『って、うわぁ最悪のタイミングでアンタ・・・あっほらっ、オバさんコッチ見て睨んだよオイ!』 「ぷりーぷりぷりぷりぷりぷりぴぃゃあぁー(オナラの音)」 『はーん!もう、いやぁん!!!』 まさかストマを見せて説明する訳にもいかず (「違うんだ!ほら見て、ほら見て」ってエレベーター内で服を脱ぎながら迫る方がよっぽどアブナイ) 「屁コキ虫!」と今にも言わんばかりの冷たい視線を享受するしか無いのであった。 --------------------------- 第46話「鬱」 失恋後、思い詰める事が多くなった。 ちょっと軽い鬱だったのかもしれない。 『なぜ、あの時死んでおかなかったのだろう』そんなことばかり考えていた。 退院後イッセー緒方の一人芝居を見たのだが、彼の演じるケンタッキーおじさん (西部劇村の大道芸人、体壊して入院していたが退院。ヘロヘロでショーをするという話) のセリフで「そういうのは『助かった』って言わないんだ、『死に損なった』って言うんだよ」 ってのがあった。 ああ、まったくその通りだ、僕は死に損なったのだ。 赤穂浪士で四十七士に間に合わなかった藩士や、白虎隊で生き残った少年兵や、作戦の 日が終戦だった特攻隊員みたいなものなのだ。(少なくとも僕の中では) 死に時ってのは確かにある。 人生の頂点や、頂点が見えていてあと少しっていう時の死だ。 例えば土方歳三や源義経とか格好いいじゃないか、坂本竜馬だって志半ばでこれからって 時の死だからこそ悲しくて美しいのだ。 土方が「余生を田舎の百姓で平凡にくらし、最後は一人でひっそり侘しく死にました」とか 竜馬が「維新後会社を作ったが商売に失敗、借金残して失意の中で首つって死んだ」とか 「あーあ、あの時死んでたら花があったのに・・・」みたいなのはイヤだ。 命が助かってもそれ以後が生きていてもしょうが無い人生なら助からない方がいい。 そうマジマジと思う日が続いた。(土方や竜馬と一緒にしたら怒られそうだが) 車を運転してる時など思いきりアクセル踏みっぱなしで「このまま突っ込んだら死ねるかな」 とか思ってしまう。 「失うモノも無い、痛いのだって耐えれる自信はある、今更死ぬのは恐くないな」ボーっと 考えてしまう。 『キンコン♪キンコン♪』車が旧式なので110キロを超えるとアラームが鳴る。 少し我に返ってアクセルを緩める。 「まぁここで事故っても人に迷惑かけるだけだし、それこそミジメの極みで死ぬのはカッコが 悪いよな」 「それにオペした先生や看護婦さんの努力もムダにしちゃうのは悪いしな」 そんな事が何回も何日も続いた。 --------------------------- 第47話「鬱の薬」 どうにもスッキリしない日々を悶々と過ごしていたのだが転機が訪れた。 いやー良かったね。 第三舞台・鴻上尚史の「朝日のような夕日をつれて」を観に行ったのがキッカケだった。 何年か前に実際に自分たちで上演したお芝居で、非常に気に入っている戯曲であった。 ちなみにというか当然というかセリフはほとんど覚えている。 「その時こそ私は、私でなくなったあの瞬間に、真っ向から立ち向かおう」 「何にも頼らない、何も待ち続けない、固有の人間として、私は私の寒さを引き受けようと決心したのです。」 「リインカネーション。生まれ変わりを私は、信じます。」    ラストシーン、後ろからの眩しい光とYMOの音楽のなか五人の男が立っている舞台の床全体が急角度に持ち上がる。 そしてなお五人は足元を一歩も揺るがす事も無くセリフを続ける。 朝日のような夕日をつれて 僕は立ち続ける つなぎあうことも無く 流れあうことも無く きらめく恒星のように 立ち続けることは苦しいから 立ち続けることは楽しいから 朝日のような夕日をつれて 僕はひとり ひとりでは耐えられないから ひとりでは何もできないから ひとりであることを認め合うことは たくさんの人と手をつなぐことだから たくさんの人と手をつなぐことは とても悲しいことだから 朝日のような夕日をつれて 冬空の流星のように 僕は ひとり               鴻上尚史「朝日のような夕日をつれて」より    なみだがでた。 凄く格好良かった、凄く羨ましかった、凄く懐かしかった、凄く悲しかった、凄く嬉しかった、凄く腹立たしかった、凄く切なかった、凄く暖かい気持ちになった。 そして、あの時は理解できなかったセリフの意味が、少し解った様な気がした。 そうだ芝居をやろう もう一度あの舞台へ。 --------------------------- 第48話「召喚状」 兵庫医大から電話がかかってきた。 「来週の月曜日なんですけど入院できますか?」 おぉ!なんてこった、一週間しか無いじゃないか! だが、ここで断ったら次にお声がかかるのは、いつになるか判らない。 ベッドが空くのを待っているUC患者が沢山いるし、緊急患者でベッドが埋まる事も多い。 「あ、はい、入れます!」 その後、何時にどこへ行けば良いのか入院に何が必要かなどを説明してもらう。 しかし、いざ入院が決まると段々ブルーになってくる。 「いやじゃー、ワシ入院いやじゃー」ひとしきり無駄な抵抗をゴロゴロ転がってやってみる。 ゴロゴロするとすこし気が晴れるた。 「・・・・・・・でもやっぱし入院はいやじゃー!」 無駄と解っていても嫌なものは嫌だったりする。 仕方がないので入院準備を整えにかかる。 本とCDとゲームとを買ったり借りたりして集める・・・見事なほど全部暇潰し用品だな。 大きなかばんにイロイロ詰め込む。 スリッパ・洗面器・洗顔用品・事務用品・はんこ・タオル・フランジ用品・・・ 兵庫医大は病衣があるので着替えは下着だけで良いので楽だ。   今回は写真立ては入れなかったが1冊の本を入れた。 入院中に演出構想を考えなくては・・・ 本の名前は、第三舞台・鴻上尚史作「天使は瞳を閉じて」。