第49話「いざ!むこがわ」 1997/3/26 今回の入院は前回と違い一人電車に乗ってやってきた。 阪神電車武庫川駅(むこがわ)で電車を降りる。 「川の上に橋のように立っている駅」として全国的にも珍しい駅だ。 ホームの下には隙間から武庫川の流れが見える、小銭や切符を落とせば拾う事はできない。 なお、兵庫医大は川の西側に立っている。 大きな看板が出てるのだが、信じられない事にウチダは東側に降りて街をさまよった。 「兵庫医大ってどこですかねー?」 「ああ、それやったら向こう側やで」 「あー、はいはい、武庫川なんですよねー、あはは」 「いや、だから向こう側なんだって」 「そうなんですよね、ここ武庫川なんですよねー、あははは」 「いや、チョット待て兄ちゃん全然解ってない!向こう側なんやでー、おーい!」 「あはは武庫川、あはは武庫川、アハアハアハハハハハ・・・」 すいませんチョット作ってしまいました、彼は確かにあほですが、ここまでじゃないです。 入院受け付けで事務手続きを終え9階へと階段で上りナースステーションに顔を出す。 知った顔ばかりで安心、その後ベッドへと案内してもらう、今回も925室6人部屋だ。 一番北東のベッドでロッカーがすぐ横にある、その分ちょっと場所は広い。    早々に病衣に着替え荷物を整理、同室の人に挨拶する。 前回入院したとき食道癌で入院していたモリモトさんもまだ925室にいた。 僕が退院している間にオペをしたらしい、彼は結構筋肉の付いたイイ体だったのに今やゲッソリと痩せ細ってしまっていた。 「おーヤナイ君かー、またこの部屋になったんやなー」 「具合の方はどうです?」 「あーやっぱりシンドイなー、まだまだやなー」 抗がん剤がやはりツライそうだ、しかもまだまだ治療は続くらしい。 ほどなく主治医のS先生がやってきた、 「ん、別に問題はないですね」。 一通り治療予定やサブで付くインターンのK先生を紹介してもらう。 前回担当のサブの先生は内科に戻ったそうだ。 あれだけ嫌だった入院だったが、いざ入院してみると落ち着いちゃってる僕が居た。 やっぱナースコールが手の届く所に有ると安心するなー、ある意味ビョウキだ。 ----------------------------- 第50話「再デビュー」 前回一緒だったイシカワ君がすでに入院していないか各部屋を覗いてみる。 が、彼はどうやらまだ入院していないらしい。 知ってる人もいないようでチョットさみしい。 エレベーターの前にあるロビーというか喫煙所というか待合室というか単にソファーが三つコの字型に置いてある場所へといった。 大体ここで患者どもがタバコ吸ったり、ジュース飲んだり、夜ふかししたり、うわさ話をしたり悪だくみしたりして溜まり場になっている。 看護婦さんのイメージでは、あまり良くない不良の溜まり場みたいな物かもしれない。 一人丸坊主の若そうな兄ちゃんが、ぼーっと座っている。 「こんにちはー」 「あー」 「僕今日から入院して来たんですけど、9西に入院してるんですか?」 「うん、UCや」 「あー、じゃ一緒や、僕2期目なんやけど自分は何期?」 「俺も2期目」 さすが石を投げればUCに当たる9西病棟、仲間には不自由しない。 彼とイロイロ話してみる。 彼はT君といって同じ25歳であった、もとは自衛隊員だったらしい。    そのうちパラパラとタバコを吸いに来た人や、単に暇なだけの人がやってきてウダウダと、しょーも無い話をした。 阪神・相撲・競馬・・・TVがサンテレビとNHKしか入らないので話題も偏ってくるらしい。 まぁ、とりあえずロビー再デビューはしておいたので今日の所はヨシとする。 まだまだ先は長い。 ----------------------------- 第51話「病院の噂」 エレベーターの前では部屋から出てこれる元気な患者がいつもタムロっている。 9西には1-3期の入院患者が10-20人くらい居るのに加えて外来で診察に来たOB等も病棟まで遊びに上がってくるので外来診察日にもなればUCだらけになってしまう。 んでもって様々なウワサや情報がまことしやかに交換される。 「1回イレウス起こしたヤツは2回は起こさない」「2回起したヤツは3回目も起こす」 「オペから奇数の日にトラブルが起こる」「オペ後、歩けば歩くほどイレウスにならない」 「病棟をグルグル回って歩行運動する時は同じ方向ばかりに回っていると腸がねじれるのでたまには逆回転しないとイケナイ」 「オペ中、室内でクラッシックがBGMで流れている」「オペ中はグローブの曲が流れている」    「K先生の聴診器は金でできている」「K先生の聴診器は実は金メッキである」 「石川島重工が海底トンネル用の耐水耐圧ファスナーを開発、今後オペは1回目にチャックを付け、2回目3回目はチャックを開け閉めするだけでお腹を切らなくて良い」 「オペは実は悪の秘密結社の改造人間手術で、Oさんが内科入院中の記憶が無いのは秘密を知ったために記憶を消されたから」 なんかロクでもない噂ばっかし・・・。 でも時々ヤブサカデナイ噂も流れてくる。 「もうすぐ患者数が5万人を超えるためにUCが特定疾患から外れる(1997年当時の話)」 この噂にはみんなカナリ慌てた。 実際、この噂を聞いて「タダのうちにオペしとこ」ってオペを決意した人もいたりした。 内科治療を続けている人には不謹慎なのだが、「タダの内にオペやって、特定疾患が外れた後は難病患者でもなくなるから生命保険にも入れる、ラッキー」という意見もあった。 (外れたとしても保険会社がみすみす加入を認めるとは思えないが) まぁ結果としては5万人を超えても一部費用の自己負担になっただけで済んだので良かった。 でも段階的には特定疾患の認定者数を減らしてくるのが予測できるので今後注意が必要だ。 「いつまでも、有ると思うな、特定疾患」 年金ですら当たるかアヤシイのに特定疾患がいつまでも貰える保証はないのだ。 ※2004年現在はUC患者は7万人を超えました。特定疾患は外される事はありませんでしたが2003年9月から一部負担金が増額されています。 ----------------------------- 第52話「将棋」 僕が入院して一週間もしないうちにイシカワ君が入院してきた。 普通、同じような時期に退院すると次の入院も同じような時期になるのだ。 彼は将棋が趣味だ、暇さえあればMY将棋板を開いている。 そして強いヤツを探して内科とか他所の病棟へも遠征してくる。 時には病院外まで行ってくる、武庫川の川原でオッチャン達が集まってたりするのだ。 なぜか病棟に一人は将棋の強い患者が入院している、段持ちもいたりするから謎だ。 年寄りが多いからか、入院の暇つぶしに将棋しかなくて強くなったからか・・・。 そして彼はよく遠征に行ってて検査時間を忘れたりする。 看護婦のHサンが「あいつ、まーた将棋か!」ぷんぷん怒っている。 9西病棟には困った患者が多い。    僕も将棋の駒の動かし方は解るが強い方ではない。 やはり強くないT君と将棋を打つと同レベルなので良い勝負だ。 僕「んー、王手!」 T「あ、そう来るか。じゃ王手飛車取りだ!」 僕「え、うそ!そりゃ困ったなー、うーん・・・」 みている人をのたうち回らせる様な低レベルな将棋だ。 (王手飛車取りに構わず王を取れば終るのに気づいてない) まぁ観てるギャラリーまでハラハラドキドキできるのである意味エンターテインメントだな。 病院は今日も暇だ。 ----------------------------- 第53話「笑える薬」 UC患者で心が病んでいる人は多い。 特に外科なんかはUCの最終処分場だけのことはあって、長い闘病生活に疲れたり、薬の副作用で精神不安になったりして、精神科に通う患者は結構多い。 元自衛隊のUC患者T君はステロイドの副作用で精神科や脳外科にまでも通っている。 1回目のオペなんか精神混濁でよく解らないうちにオペになってしまったらしい。 待合室で酔っ払ったみたいになって、大暴れした事も有るそうだから中々のツワモノだ。    彼は普通に「笑う」ことができない。 それは顔の神経がおかしくて笑えないのか、笑う感情が生れてこないのかは不明なのだが、とにかく笑えないのだ。 だから「笑える薬」を飲んでいる。 「俺な、笑えへんから笑える薬飲んでるんや、おかしいやろ」 ・・・笑えない話だ。 鬱もそうだが精神病の多くは薬を飲めば治る。 「精神科に通っている」と聞けばイメージ的に普通の社会生活ができない再起不能な異常者といった感じがするが、ちゃんと治療すれば治る「体の病気」と変わらない。 「心がちょっと風邪をひいている」だけなのだ。 T君はよく、不眠症で夜眠れなくて深夜に関わらず喫煙場所のソファーに座ってぼーっとしていたりする。 眠剤も時々貰っているみたいだが、あまり使いすぎるとクセになるので毎日はくれない。 夜トイレに行った時とかソファーの前を通ってみるとT君がぼーっと座っている。 「よう、まだ寝えへんの?ジュース買いに行くけど行く?」 「うん」 夜中の病院をウロウロするのは意外と楽しい。 9西病棟には困った患者が多い。 ----------------------------- 第54話「スーパーDr.K」 9西には一癖ある患者もいるが、一癖も二癖もある医者だっている。 K先生はそーゆードクターだ。 いつも香水をプンプンさせていて女部屋によく出没する。 なんか眼鏡も男の人にしては装飾されてたり、聴診器も金ピカだったりする。 別にセクハラするワケではないが、なんだか「イヤラシイ」感じがする。 色で言えば金と紫とピンク? ホストとかすれば人気出そうなムーディーなナイスミドル(?)だ。 たまに男部屋にもやってきて「演説」していく。 話はわりと下ネタが多い。 「シブリ腹とか下血とか骨粗しょう症とかしとったらオネェちゃんとナニする時に困るやろ」 「はよ元気になってウレシイ事したいやん」 「な、だからオペやっとかアカンねん」 今日もトークは大爆発だ。 K先生は医者にしては俗っぽい人なので人気は高い。 昔ヤクザの親分が入院した時もK先生の言う事は聞いたそうだ。 あの年代の大物はナゼにああまで圧倒的なのだろう、自分が50になった時にあそこまで行けるかというと、ちょっとムリだ。 しかしK先生は本当はスゴイ先生だ。 外科の腕前はピカイチで粘膜除去の難しいオペも彼あってのものだ。 日本はもとより世界的に観てもオペの権威で、UCのオペの確立にも貢献している。 オペ済みUCの術後人生のQOLは彼の腕のお陰であると言える。 と、まぁここまで誉めておけば許してもらえるだろう・・・・・。 ----------------------------- 第55話「IVH」 オペ前になると術中術後のために点滴のチューブを腕に入れられる。 IVHというのだが胸の近くまで血管のなかにチューブを入れていかなくてはならない。 通常は腕の関節あたりから太い針を刺して入れるのだが麻酔無しなので結構痛い。 上手い先生で血管の太い患者であれば1回で入るのだが、そうでない場合はやり直しで何度も痛い目に逢う。 右腕で失敗、左腕で失敗、クビでようやく成功、なんてことになる。 見た感じちゃんと入っているようでも中で血管を突き破っていたり、胸の方に管が行かずに違う血管の方に行ってたりする場合も有る。 「じゃ、ちょっと液流してみますねー」 「はい」 「クビとか胸の方がヒンヤリしますか?」 「あ。・・・先生なんか・・・頭の方がヒンヤリします」 「え。・・・違う方に入っちゃったかな」 レントゲンで映すとチューブは頭の血管の方に行っていた。 モリモトさんが言っていたがマジ? 点滴を繋がれてしまうと、いよいよ年貢の納め時だ。 点滴台をゴロゴロ押しているとが嫌が上でも病人気分が盛り上がってくる。 やっぱり病衣には点滴台がとても似合う、必須アイテムだ。 なぜかちょっと嬉しくて点滴台をキックボードみたいにして廊下をすべる。 「こらー!ヤナイ君が乗ったら重みで壊れる!」 看護婦のKさんに怒られてしまった。 ----------------------------- 第56話「王様」 隣のベットのSさんは岐阜県からオペの為にはるばるやって来た。 彼は体育会系ラガーマンなのだが就職後UCになったそうだ。 Sさんは人生の節目節目で結構再燃している。 結婚式も再燃中でヨメさんが一人で準備して当日は病院から会場に行ったそうだし、子供の出産も入院していて立ち会えなかったそうだ。 子供なんか入院のし過ぎでお父さんの顔が解らず、恐がって泣くらしい。 「いや単に見た目がコワイからじゃないんですか?」と言いそうになったが飲み込んだ。 それにしても、なんだかなーって感じだ。 ちなみに彼は前の病院では「王様」だったらしい。 「王様」ってのは兵庫医大の患者間では「難病を盾に我がまま放題な患者」を意味する。 注射の下手な看護婦に怒鳴って物を投げたり、食事がマズイと引っくり返したり、それはそれは大暴れしたそうだ。 まぁ、普通の病院なら滅多にいない難病患者なので多少の我がままでも通っちゃうし、家族も甘やかすもんね。 ストレスは大腸に良くないってお墨付きあるし。 実際「入院するからノートパソコン買って」「大部屋じゃなくて個室がいい」とか親におねだりするバカ息子(娘)だって結構いる。 こうなってくると大腸の炎症や薬の副作用よりも「性格の歪み」の方が問題なんじゃないのかと思えてくる。 体が治って社会復帰できても、精神的に社会生活できない人間になってしまう。 ココだけの話、長年UCを患って10代後半を病院で多く過ごした人で「変な人」は割と多い。 大腸切ってもう病気関係ないはずなのに、就職できない結婚できない家から出れないなんて人がいる。(はうっくるしい!) 35歳過ぎて未だに子供みたいな家の中だけで家族が家来の「王様」なんてカナリ痛い。 ----------------------------- 第57話「ピーナツ」 同期のイシカワ君とロビーでダベっていると、UCのS君が見舞いにきた友達と一緒にやってきた。 S君は内科で長年頑張ってきたのだがリタイアして外科に上がってきた。 内科では「僕の今のプレドニン量とCRP値から言えばポテトチップは食べてもOK」とかやって再燃してたそうだからツワモノだ。   「オペしたら何でも食べて大丈夫なん?」 「そうやなー、再燃する大腸はもう無いから何食っても大丈夫やな」    その夜、トイレに行った帰り道にウロウロしてるS君に出くわした。 「あれ、どしたんS君トイレ?」 「あ、う、うん。ちょっと運動・・・」 朝になってから看護婦さんに聞いたのだがS君はイレウスを起したらしい。 昨日の夜中、彼は腸の動きをよくしようと歩いて運動してたのだ。 なんでも友達の差入れた『ピーナツ一袋全部』食って詰まったそうだ。 「鼻管から引いても引いてもピーナツだらけ!消化の悪いピーナツを一袋も一度に食べたら詰まりもするわよ、まったくもう」 うぅ、やはり俺が余計な事を言ったからなのか。 それにしてもピーナツ1袋はちょっとなー、確かに食べだしたら止まらないけどさ。 せめて友達も『かっぱえびせん』とかにしてくれれば良かったのに。 お陰でS君は「ピーナツマン」という影のコードネームと兵庫医大のオペのしおり『外科治療について』に「詰まるもの ピーナツ一袋」の記述を残す事になった。 まぁ「退院日にブドウの巨峰を20粒1度に食べて,イレウスになり,翌日再入院となった方があります。今まで食べれなかったのが、食べられるようになって,あまりうれしかったので,思わず噛まずに飲み込んでしまったとのことでした。」って書かれた人よりはマシか。 変なもの食って有名になるのはヤだなぁ。 後に判明した事ですが、S君はピーナツ一袋開ける前にタコヤキも完食していたそうですw ----------------------------- 第58話「2期オペ」 3期分割オペでもっとも大きいオペが2期目のオペである。 大腸を全て取って人工肛門を外に出した1期目よりも難しいことをする。 小腸をJの字に切り貼りして直腸の代わりのJポーチを作り、粘膜を剥ぎ取った直腸に繋ぐ。 作りたてのJポーチに便が通らない様にJポーチの上に改めて新しいストマを作る。  この2期目のオペが一番重要でオペ後の患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を左右すると言っても良いだろう。 僕のオペの前までは粘膜の抜去にはレーザーメスを使って少しずつ粘膜を焼き切っていたそうだが、新しく超音波メスを導入したので以前より簡単に早く安全にオペができるようになっていた。 超音波メスは超音波な技術(?)で刃をあてると「つるん」と粘膜が剥けるらしい。 しかもその際には出血もほとんど無い優れものだ。 これで熟練を要した粘膜抜去は誰でもできるようになった。 「この術式ならドコの病院でも以前より簡単に全摘手術できるようになるだろう」 という画期的なことらしい。 朝イチでオペ用の病衣に着替え、麻酔を効きやすくする薬を注射する。 1回目のオペでは手術室のこと等を全然覚えてなかったので今回は絶対こと細かく観察してやろうと思っていたのだが、コレ以降の記憶が全く無かった。 気が付けばオペは終わって回復室に運ばれていて、外はすでに真っ暗だったのだ。 後から聞いた話だが普通に話して「行ってくるなー」ってニコヤカに手も振ってたらしい。 どうも麻酔が効きすぎると記憶が飛ぶらしい・・・。 だから「オペ室ではグローブが流れていた」という噂は残念ながら確認できなかった。 2回目となると精神的な余裕が出てくるので精神的なものはそれ程でも無かったが、体的には前回よりもつらいものがあった。 鼻チューブ・IVH・背中の麻酔・おしりの管・おしっこの管・腹部ドレーン(膿とか出すチューブ)それと酸素マスク、といっぱいチューブが体に付いている。 麻酔が効いているものの鈍くお腹が痛い。 あと、結構熱が出てて頭も痛い。 「うぅーん、おなかいてぇー」とかダルそうに文句いいながらも腸が変な場所で癒着をしない様に時々体の向きを左右に変える。 でも動くとカナリ痛いのでそれ程は動けない。 そしてタンが気管に詰まらないように小さい咳をしながらタンを出す。 「ぐはぁー、咳したらおなかいてぇー」まったくもってイマイマしい。   熱を測ると39℃だった。 「あのなー40℃越したらアホになるから、39℃とかよりかえって楽になるんやでぇー」 看護婦さんに眉間にシワを寄せてウワゴトのように話す。 いやもうすでに39℃で十分アホになってるかもしれない。 ----------------------------- 第59話「オペ直後」 ちなみにUC患者としては珍しい100キロを越えるレアな僕は、今回もまたレアな事態になっていた。 「ヤナイ君は脂肪が多いのでオペ後溶けた脂肪が血管から入って心臓に回り心臓が止まって死ぬかも知れないです」とS先生。 まぁ普通のUC患者は栄養不足でヒョロヒョロなのでこんな事態にはならない。 「それを防ぐ為に『ストッキング』を履いて下半身を締め付けてください」 ってゆーかマジすか?(笑) 『黒の網タイツですか?ウサ耳はいらないですか?』などと命に関わろうかという局面ではとても言えない。 というワケでオペ直後にグッタリしている僕は新人看護婦さんにクルクル丸めたストッキングを履かせて貰う事に・・・ 新人看護婦さんも看護学校でこんな事させられるなんて勉強してなかった事だろう、毛むくじゃらの太い男の足にストッキングを履かせるという命に関わる重要な作業。 やっぱ命のヤリトリをする現場のキビシサは違うな。(笑) ちなみに後輩の彼氏は無類のストッキングフェチだ。 「やっぱ8デニールくらいの黒のストッキングが良いなぁ、・・・履いて♪(´∇` )」などと、わざわざストッキング持って来て後輩に哀願する男だ。 っていうか普通の男ならデニールなんて単位知らない。 彼などにすれば『手つきが初々しい新人ナースに12デニールの黒いストッキングを毎日タダで履き替えさせてもらえる』という事態はヨダレが口の幅でトメドメなく流れっぱなしの事態だ。 自分の恥ずかしい話を後輩の彼氏の恥ずかしい話でごまかす僕がいる。 ----------------------------- 第60話「ドレーン」 オペ後どんどん体に付けられていたチューブ類が外され、どんどん体が楽になっていく。 まぁ順調に回復してくるからこそチューブも抜けるということなのだが。 僕的には左側のお腹にブスリと入っているドレーン(膿なんかを吸い出す)の管が一番イヤだった。 ちょっと平べったい2センチくらいの管なのだが、固いのでこすれて痛い。 ドレーン自体は膿とか血を吸い出す事も無くなっていたので、お腹から出ている数センチを残してチューブをカット、落ち込まない様に安全ピンをツッカイに刺してある。 「先生ー、まだドレーン抜けへんの?ドレーン抜いてー抜いてー」などとサブの主治医に言ってみたが、「なにか有ったら入れなおすの大変なんだよ」と却下されてしまった。 まぁ結局は翌日に抜いてもらえる事になったのだが、抜かれる感触はなんとも言えない物だった。 「先生ひっぱったらアカンって、なんか、くっついてる!くっついてる!なんかお腹の奥の方でくっついてるって!」 なんか身悶え。 「そりゃちょっとドレーンチューブが癒着してくっついてるんやろな」 さらに引っ張る先生。 『きゅぼっ!』 なんとなくそんな音がしそうな感じでドレーンが抜けた。 なんだか嫌な感触。 管を抜く瞬間というのはどの管でもイヤ〜ンな感じだ。 ちなみに先生によって「一瞬だが勢い良く抜く先生」と「ゆっくりだがジワジワ抜く先生」に別れる。 外科医は前者のタイプが多いような・・・先生の性格がでるよな。 なお、一番ヤなタイプは『ゆっくり抜いていて「あ、やっぱ今日は抜くのやめとこ」ってまた元にゆっくり戻す先生』かもしれない。 ----------------------------- 第61話「エレベーター」 やはり、2期目はオペが濃いだけに1期に比べ回復具合が遅い。 1期オペはUCのために体力が落ちきっていたものの2−3日で歩き回れて4-5日で流動食が始まったりするのだが、2期目のオペは一週間近くベットでぐったりするハメになった。 まぁ麻酔が効いてるので痛くは無いのだが。 気力体力ともに余裕が無いが軽いオペの1期、気力体力は申し分ないが重いオペの2期、どっちもトータルで言えば同じようなものか。 いや、フランジ(人工肛門の装具)交換を覚えないといけない分だけ1期の方がシンドイかもしれないな。 まぁ何はともあれ脂肪が詰って死亡することなく(←主治医のS先生が言いそうなギャグ)なんとか立って歩ける様にはなった。 例のごとく、お腹が痛いので前かがみになりながら点滴棒に掴まるようにヨロヨロとウロウロする。 この時期が一番ツライ。 何でも優しくしてくれる看護婦さんのサービス期間も終わりを告げ、「はいはいっ、何でも自分でやる!リハビリ!リハビリ!」と邪魔者扱い元気な人扱いされる。 「レントゲン撮ってきてね、場所は知ってるでしょ?」 あぁ、ドラマや漫画の看護婦さんに車椅子を押してもらってる患者が羨ましい。 「車椅子で連れて行って欲しい」など、この、ヨソでサジを投げられた様なメチャクチャ手のかかる重症患者がドンドコ送り込まれてくる野戦病院みたいな9西病棟では、大してトラブルも起こしていない2期や3期の順調な患者などには、とてもではないが言えない。 仕方が無いのでヒーコラと2階のレントゲン室へとエレベーターで向かう。 しかしまた兵庫医大のエレベーター事情はひどい。 5機あるエレベーターは来客・外来・患者・職員・業者でいつもイッパイ。 それにボロいので止る時にガックンガックン、お腹にモロに響いてくる。 Σ(´д`)!!しかも一緒に乗った子共二人が各階のボタンを全部押しまくりやがった。 何てことするんだ、このクソガキャー!と怒ることもお腹が痛くて力が入らないので出来ない。 「こらあぁー、ぼくぅー、アカンよぉー、全部の階押したらー時間がかかってー、他の人に迷惑でしょおおぉー」 ヘロヘロなのでエレベーターの壁にもたれながら、うわ言の様に注意してみた、ちなみに顔は青白く目はウツロで苦痛で半笑いだ。 「おっちゃん調子悪いん?おっちゃん調子悪いん?、なぁ!おっちゃん調子悪いん?なぁなぁ」 「この人鼻からパイプ出とるでぇ!この人鼻からパイプ出とるでぇ!この人鼻からパイプ出とるでぇ!」 ・・・・・注意するんじゃなかった。。。 ツッコミドコロ満載なお子様どもだが一々ツッコむ余裕など有るハズも無い。 「ちくしょー!早く復活したるぅー!!」療養に前向きな僕であった。 ----------------------------- 第62話「UCな人達1」 UC患者の特徴として『UC気質』ということがシバシバ語られる。 大体まとめてみると、「几帳面で責任感が強く、必要以上に我慢してしまうがホントは他人に頼るのがヘタで、ストレス発散が上手く出来ない」といった感じだ。 少なくとも植木ひとしはこの病気にはならないハズだ。 同じ病室の60近いMさんはとてもとても几帳面だ。 しかも考えている事を独り言で再確認しちゃう人なので非常に解りやすい。 今日も朝から「前の病院で貰った薬がコレとコレで、今の病院で飲んでる薬がコレとコレとコレだから、えーと、どの薬飲むんやったっけかなぁ」などと大量の薬の整理を少なくとも3回はやっている。 「あーもう、よくわからへん、わしはどの薬飲んだらええんや」 「はぁーあ、看護婦さんにでも聞かな解らへんやろうしなぁー」 「でもそんなんでナースコール押すのんもなんか気の毒やしなぁー」 「はぁーあ、困ったなぁ、どうしようかなー」 Mさんは、別に助けて欲しいからワザと聞こえるように言っているのではなく思考がダダ漏れなだけなので、独り言をいいながら困っている姿は失礼だが非常にオカシイ。 しかも「困っている人を笑ったりしちゃイカン!」とか思うとさらにおかしくなって来るのだ。 そしてある夜のことだった。 夜中も2時をすぎるような頃、僕はベットの中で眠れずにいた。 するとなんだかハス向かいのMさんがゴソゴソしながら独り言を言ってるのが聞こえてきた。 「ん、ん、はぁーあ、うまくいかへんなぁ・・・」 ん。なにをやってんのかなぁ、こんな夜中に。 「・・・しびんが上手いこと取られへんなぁ」 どうやらシビンにオシッコしようとしてるらしい、『あかん、笑ろたらあかん。。』想像するだけでなんか笑ってしまいそうだ。 ---じょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろじょろ〜--- 『めっちゃ長いやん、めっちゃ長いって、貯め過ぎやってアンタ!』それだけでもうオカシイ。 ---カンカララー--ン!!--- 「あぁ!こぼしてしもうたぁー!・・・はあぁどないしよう・・・」 「あぁもうビチャビチャになってもうて・・・・はぁーあ」 『!!!あかん!笑ったらあかん!絶対死んでも笑ったらアカン!!』 が、シビン片手にしょぼくれるMさんの姿を想像してしまったら笑わずには居られない。 僕は布団の中でオペ直後で痛いお腹を押さえ枕を思いっきり噛んで笑いをこらえた。 「ああぁ、はよ片づけらないかん、よっ、よっ」 ギシギシとベットの音がする、どうやらシビンを取ろうとしているようだ。 ---カン、カラカラカラーーーーー-ン!--- 「あぁ!どっか行ってもた・・・・、はぁあ・・・・」 目の前にビジュアルが浮かぶ。 『ベットの下をクルクル回転しながら、金色に輝くしぶきをキラキラ撒き散らしながらもスローモーションで滑っていくシビン、その後ろでオーバーラップで浮かび上がるMさんの今にも泣き出しそうな困り顔』 『!!!!!!!!!!!』←そりゃもう生れ落ちたばかりの馬みたいにビクンビクンなりながら涙と鼻水垂れ流しで呼吸困難になる程笑いをこらえている。 その日僕はソラマメの昔話みたいにマジで傷口が開いて腸がはみ出して再手術を受けるんじゃないかと思った。 ----------------------------- 第63話「UCな子供」 兵庫医大には全国から末期的UC患者がたくさん集まってくる。 まぁ病棟の4割はUC患者だ。 大体若いヒトがよく発病する病気なので病棟全体の平均年齢は低い。 なかには子供のUCだって入院している。 てっちゃんは今年から中学生だそうだ。 彼の体はとても小さい、てっきり小学3-4年生かと思った。 やはりUCで御飯があまり食べれなかったからだろうか。 しかし、こんな小さな子が内科でイロイロやったあげく、外科でオペ3回もするんだから複雑な気分だ。 親御さんなら、なおさらだろう。 ちなみに彼は最後の3回目のオペが終わった直後なので、UCでいえば彼は1コ先輩だ。 「なぁなぁてっちゃん、3期終わったらどんな感じ?結構大変?」 「えーっとなぁ、ちょっと口で説明すんのは難しいなぁ。多分なってみないとこの感覚は解らないと思う。でも、多分ヤナイさんは大丈夫だと思うよ」 なんか中学1年生に励まされてしまった。 「てっちゃんはさ、やっぱ入院ばっかしだと寂しくない?」 「ううん全然、遊んでくれる人いっぱいいるし親も日曜日にくるから。親も別に来なくてもいいのに、電車賃もったいないから」 なんてシッカリした子供だろう。 しかも大人ばかりの中でも全然物怖じしない、やはり苦労して来たからなのか。 実際、看護婦さんとかに言わせれば大人より子供の方がよっぽど我慢強いそうだ。 絶食とかも年いった人ほど我慢できない人が多いらしい。 こんな子供が文句も言わずに頑張ってるのだから大人の男としては頑張らないワケには行かない。 「僕な、中学上がったら運動部に入部するねん、今まであんまりスポーツとかできんかったから」 彼の人生はまだ始まったばかりだ。 ----------------------------- 第64話「UCな人達2」 元自衛隊の丸坊主のT君は家が病院の近所だ。 だから時々家に帰る。 もちろん外出許可なんて取らずに病院のパジャマとツッカケで家に帰る。 「家に帰って何してんの?」 「・・・寝てた」 「別に病室で寝てりゃイイジャン」 「でも昼間ベットで寝てたらナースに『昼に寝るから夜寝れへんのや』って怒られるし」 ってゆーか、おいおい(笑) 彼は夜中眠れないのでいっつもロビーでヒマを潰している。 看護婦さんも「癖になるから」といって睡眠薬をくれない。 たまに甘い優しい看護婦さんなら眠剤をくれたりするようだが、なぜかロビーのソファーで寝てたりする。 あと、絶食中でもエビセンをいつも食べていたりする。 「あれ、T君絶食中ちゃうん?ええのんエビセンなんか食べて」 「うん。エビセンは大丈夫」 とか言ってて翌日気がつくと鼻チューブ入れられてたりする。 この前はエレベーター内の電光表示の「9」の上にクレヨンしんちゃんのシールを貼った。 乗った人全員の視線が「1・2・3・4・5・6・7・8・・「あ。しんちゃん。」・・10・11」となっていく様はカナリ面白い。 だが「9階でそんなイタズラするのはT君やろ」一発でばれた。 看護婦さんにすれば、9西病棟の不良患者の「一人」なのは確かだ。 しかし彼にはたくさん悪い事を教えてもらった。 夜中病院を抜け出す方法、夜中にヤキソバUFOを作って食べるには?、9階に止らないエレベーター(止る階で分けてある)を9階に止める方法、病院の秘密な場所、などなど。 こうして不良患者は増えていくノダ(笑) T君が家からプレステを持ってきた。 「よっしゃナースに見つからんようにゲームしようぜ」 9西病棟はテレビゲーム禁止だ。(ゲームボーイは可) 内科の方はゲームとか持ち込めるようだが、外科ではそんな甘くない。 カーテンを閉め切って、僕が持ってきていたテレビデオに繋いで早速ゲームスタート。 ってゆうか若いヤツラが集まって(5人くらい)ゴソゴソやってんのでメチャクチャあやしい。 むしろHなビデオでも見てるんじゃないかと思われてもショウガナイ状況だ。 つーか大体この部屋はナースステーションの真ん前だしバレるって。 てなわけで深夜、テレビを持って誰も居ないロビーに行きコンセントを繋いでゲームをしようということに。。。アホや。 いやぁなんか高校のときに視聴覚室でゲームやったり裏ビデオみたりしたのを思い出した。 9西病棟はなんだか高校の時のクラブみたいな雰囲気がある。 ----------------------------- 第65話「マヨパン」 1期2期ともにオペ後お腹の中でトラブルを起こさなければ飲食は結構早く解禁になる。 まったくの絶食だとあまりお腹も空かないのだが、中途半端にゴハンが進むと非常に空腹感が出てくる。 特に朝ゴハンなんか夕食が遅いため、かなりハラヘリグゥな感じだ。 しかも「マヨパン」なんか作られた日にゃたまらない。 食事が5分粥くらいになると朝ゴハンにパンが出てくる。 で、これに売店で買ってきたマヨネーズを塗って、毎朝付いてくるチーズを小さくちぎって均等に並べて焼くのだ。 ちなみに兵庫医大の場合トースターが2台配膳室前の廊下に置かれるので、そこで自分で焼くシステムになっている。 結構順番待ちだったりするので井戸端会議っぽくなったりも。 「あ。なに、それ?マヨネーズ塗ってるの?ええなぁー、私もマネしよ」 そんな感じで、病棟でブームになったりする。 日頃お年寄りの好きそうな油っ気のない食事ばかりなので、そりゃマヨとチーズの香ばしく焼けたニホイは物凄い魅力的だ。 まだ流動食が始まったばかりのイシカワ君がやってきた。 「ええなぁーヤナイさん。このひと、マヨパン食ってるよー。」 「うまいぞ。マヨパン」 「ちくしょー、俺も早く食いてぇー!覚えとけよヤナイさん。もしヤナイさんがそのマヨパンでイレウス起したら今度は俺がヤナイさんの目の前でマヨパン食ったるからなぁ」 「で、そのマヨパンでイシカワ君もイレウスを起す、と。」 「うわぁそんなん最悪やぁ」 入院患者の中にはゴハンが食べられない人も多いので、本当はにおいの強い食べ物は御法度だ。 ヤキソバUFOとか作ったら看護婦さんに滅茶苦茶しかられることになる。 マヨパンも看護婦さんに「回り見てほどほどにね」なんて言われたりする場合もあるが、まぁOKなラインらしい。 腹切って痛い目にあったんだから、ご褒美♪ご褒美♪ 安いご褒美だ。 マヨパンを噛み締めると「何でも食べれるって幸せなことだなぁ」って味がした。 ----------------------------- 第66話「歩こう♪」 歩こう歩こう私は元気〜♪ オペの後「歩く」というのは体力の回復の上で非常に重要。 歩く事により心肺機能の回復や腸を刺激して動きをよくするのだ。 オペ後だるくてゴロゴロしてばかりいると看護婦に『歩かないとイレウスになるで』などと脅されるのも有り、9西ではみんな結構まじめに歩行運動をしている。 点滴台をカラカラ転がしながらグルグルグルグル9西と9東病棟を回る、一周3-400メートルは有るだろうか。 カラカラ歩いていると後ろからイシカワ君がアウトコースから追い抜いていった。 『むぅ!勝負するつもりか?お前には負けん!』 オペ済み患者が多くなってくるとレースの様相を呈してくる程だ。 『同じ方向にばかり回ってると腸が片方に寄って来るから時々反対に回らなアカンで』 『うそっ!俺同じ方にしか回ってない!』 『うそぴょーーん!』 ホラを吹きながら追い越す。 僕は食後30分は音楽を聞きながらひたすら歩くことにしていた。 全部終わって元気になったら”天使は瞳を閉じて”(芝居)をやろうと決めていたので、芝居で使えそうなCDを選曲しながらカラカラ歩く。 終いには普通に歩くのでは物足らず垂直方向にグルグル回り出す。 9西の階段で1階まで降り、9東の階段で13回に上がり、再び西の階段で降りてくる、もちろん点滴台を担いで。 ハアハア言いながら階段を登りきると、よその科の女医に出くわした。 『あなた大丈夫?!苦しそうよ!』 『あぁ。・・・大丈夫・・・です。ハァハァ』 まさか点滴かついで1階から13階まで上がってきたと言ったら怒られそうな気がしたので適当にごまかす。 『やっぱ体力おちてるわ、階段結構つらいよ』 当時はそう思っていたのだが、冷静に考えれば普通の人でも13階まで階段で上がったら苦しいって。 俺ってあほや。 ----------------------------- 第67話「四月」 どこでもそうだが兵庫医大でも4月はバタバタと慌ただしい。 4月から新米看護婦が実戦投入されてくるからだ。 新米ナースが目を回しそうにイッパイイッパイになってるのはもちろん、うっかり先輩になってしまった2年目ナースも「先輩!これどうしたら良いんですか?」「えぇ!私もわからないー!」なんて後輩の前でテンパっている。 不安そうな看護婦だめだめコンビを前に、より一層不安なこちら患者側としては、かなりイヤーンな状況だ。 朝の採血なんかも結構嫌だ。 早朝、深夜勤の看護婦Kさんがカーテンをするする開けて入ってきた。 「はい、おはよー、採血ですよー」彼女はベテランで採血も上手いので一安心だ。 血管を捜して僕の腕をパシパシ叩く、「お。これは!!ちょっと待ってて!」 ん。なんだなんだ?嫌な予感… ほどなく、Kさんは新米看護婦のNさんを連れてきた。 「うふ、練習してもいい?」満面の笑みでKさんがほほえむ。 やっぱり! 「・・・お客さんこういうトコ初めて?痛くしちゃだめよ」 日頃から余計な迷惑を看護婦さんにかけてる身としては拒否するワケにもいくまい。 Kさん「血管がいっぱい見えてるから好きな所になんぼでも刺してええよ、血管太いから刺しすぎても貫通しにくいし」 うわぁ、なんか嫌だ! プス。「あれ?」 プス。「ちょっと違う…」 プス。「……」 プス。「………」 トキ「うはぁ!このままじゃ俺シャブ中の人の腕みたいになっちゃうよ!」 新人Nさん「あ、入った!」『ちーゅーーうーーーー』(めちゃゆっくりと採血) Kさん「そんなにユックリじゃ駄目!もっと早く採血しないと」 新人Nさん「は、はいっ」『ちゅうっ!』 トキ「ぬあっ!なんかそんなメッチャ急にいっぱい吸ってもええのん?!」 Kさん「んーそれはちょっと量多すぎねー」 新人Nさん「は、はいっ」『にょー』(血を戻し始めた) トキ・K「戻すなぁっ!!」 4月はまだいい。 看護婦さんの採血くらいだから・・・。 でも5月になると新米研修医が実戦配備される。 看護婦はしなかった注射や点滴を朝夕ばんばん打たれる練習台にされるのは嫌だっ! ・・・5月までには退院しなければ!!! ----------------------------- 第68話「甲子園」 兵庫医大のある阪神電鉄武庫川駅の二駅向こうには、あの阪神甲子園球場がある。 『阪神タイガース=大阪』のイメージが強いので甲子園は大阪にあると思っている人は多いが、実は兵庫県にあるのだ。 だから野球シーズンともなれば、普段阪神電車に乗り慣れていないシロウトの見舞い客や外来患者は面食らうこと間違い無し。 シーズンになると、まず、走っている車両が違う「トラ縞ペイント特別列車」が走るのだ。 当然車掌や運転手もトラ縞の制服で、驚く事に背中にはちゃんと背番号とネームが入っているから本格的だ。 駅のチャイムも六甲おろしバージョンが流れ、試合中などは車内でタイガース速報を車掌がアナウンスする。 阪神電車はタイガースの親会社なので野球を引退した選手なども働いている。 この間は尼崎駅で「車掌○△に変わりまして、背番号37和田豊-」和田が選手交代、車内では「男ーなら、いーのちかけてー、ボールに喰らい付けー♪」、和田の応援歌を乗客みんなで歌って盛り上がる場面に出くわしてしまった。 なるほど阪神電車沿線住民全てが阪神ファンにならないワケがない。 ・・・・・・すいません、ホラ吹きました、全部うそです。和田が車掌してる話以外は。 とまぁ、そんなのは置いといて、春といえば選抜高校野球である。 この時期に手術なんかが重なるとちょっと困った事になったりするのだ。 というにも、近所の宿泊施設がみんな高校球児で埋まってて、付き添いの家族の宿が取れなかったりするからだ。 9西病棟の窓からも見える「水明荘」というネオンが侘びしいショボくれた宿ですら一杯だったりするからオドロキ。 しかし遠くから入院してくる野球好きには嬉しいらしく、隣のベットのSさん(岐阜)がいそいそと「ちょっと外出して甲子園みてくるわ」と遊びに行ってしまった。 「きっとビール飲んでヤキトリ食ってヤキソバ食ってカレー食ってチアガールのパンチラ見てくるんだぜ、いいなぁー」 居残りの外出できない食事も制限されてるモノドモで羨ましがってみた。 「・・・・でも食いすぎてイレウス起こしたりして」 「・・・・いや、意外に暑いから脱水起こすかも」 「・・・・それよりプレドニンが急に切れて動けなくなるとか」 UC患者はみんな性格が悪…もとい、素直なのだった。 ----------------------------- 第69話「踊ろう」 今日は朝から劇団のミーちゃんにキャスパホールの予約を押えに行って貰った。 キャスパは姫路で一番新しく立地もJR姫路駅の目の前で、大きさもキャパシティ300人程度の手ごろな大きさ、非常に人気があるホールだ。 したがってその利用申し込みは一年前の抽選会で勝たなければ取れない。 倍率はいつも3-4倍、姫路は文化レベルが低いので競合相手はカラオケ教室やピアノの発表会のおばちゃんが多い。 入院していなければ自分で行ったのだが、そうもいかないのでミーちゃんに行って貰った。 それに彼女は以前キャスパのくじ引きにせり勝った実績もあったので、幸運の女神と頼み込んだ。 「トッキーあんなぁ!ホール取れたでー!他に3人おったけどアタシくじ引き勝ったでー!」 「うっそお!マジか!!ミーちゃんエライ!!!」 「で、今書類かいてるんやけど、上演題目は何にするの?」 「鴻上尚史・作、『天使は瞳を閉じて』!」 決まってしまった。 もうこれで後には引けない、あと一年で俺は元気になって舞台に立たねばならないのだ。 しかし『天使…』とは我ながら思い切ったものだ。 出演者10人、テンポ良くやったとしてもシロウトの集団では上演に2時間半はかかってしまう大作、それに土日二日間で3回公演だ。 ・・・しかも、ダンスが多い。 「俺、どうしてもマスターが演りたいねん」 ちなみにマスターだったら多分6曲くらい踊らないといけない。 そんなに踊れるのか?ってゆうか、そもそも一年でそこまで体力が戻るのか? 「でも絶対やらなアカンねん、やらな生きてる意味が解らへんねん」 サイは投げられた。 ----------------------------- 第70話「害来患者」 毎週木曜日は第二外科の外来日だ。(2004年現在は火曜日) 何十人ものオペ済み患者が来るわけで、予約をしていても診察だけでも1-2時間は普通に待たされる。 まして検査などあれば、朝から来ていても昼を回るのは確実だ。 そんなわけでOB(オペ済み)が暇つぶしに9階に上がってくる。 三回も手術をするので(現在は1回が主流です)、仲の良い看護婦や顔見知りの患者が絶対誰か居るからだ。 K井君が外来ついでに遊びにやってきた。 彼は小学生の頃からUCで、十数年内科にかかり続けて去年ようやく手術が完了した。 いわば生粋のUCっ子なわけで、性格も見事に邪悪だ(笑 (←一応誉めているつもり) 僕自身、ブラックだの危険人物だの友達によく言われがちなのだが、K井君の足元には及ばない。 やはり小さい頃から大人(医者や看護婦しかもちょっと同情の目の)に囲まれて、内科治療の実験台にされて、どうにもならない苦痛と恐怖と共に育ったからなのかなぁ。。。 ちなみに彼は内科時代には、薬の使い過ぎで幻覚が見えたり、新治療の効果を見るために5分おきに大腸カメラを入れられまくって顔真っ青でガチガチ震えながら耐えたものの急激に悪化して外科に移されたり、様々な武勇伝を持つ男だ。 そりゃブラックにもなるよな(;´Д`) 喫煙場所に溜まって外来患者らと雑談。 術後の体調の事から病院内の秘密の場所や脱走経路、色んな事をウダウダと話し込む。 と、そこへ看護主任のHさんがやってきた。 「ちょっとK君、また何か悪い事を教えてるんでしょう!あかんよ!ほらほらUC患者は散った散った!病人はベットでおとなしく寝てる。見舞い客は午後3時から。だいたい外来の会計はもう済んでるの?」 流石に主任さんともなれば良く解ってらっしゃる(;´Д`) なんつーか「囚人達がコソコソ脱獄計画を話しあってる所に看守が来た」状態そのまんま。 主任さんも大変だぁ。 ----------------------------- 第71話「コイとハトと」 兵庫医大の一号館と二号館の間には小さな池がある。 日頃はどす黒い水で中がよく解らないが、ここにはコイが何匹か飼われているのだ。 「エサをあげないで」という看板がデカデカと出ているのだが、不良患者はそんなのお構い無しだ。 売店で買ってきたメロンパンをちぎっておもむろに放り込む。 すると水底に隠れていたコイがのそりと現れる。 最初は一匹二匹なのだが段々その数は増え、もし僕がツキノワグマならベアクローではたき出しまくりたくなる程でてくる。 いやもう、物凄い形相でクチをパクパクさせて今にも陸に飛び出しそうな勢いだ。 「エサやるな」っつーわりに医大の職員は誰もエサやってないんじゃなかろうか。 そうこうしてると今度はハトが沢山舞い降りてくる。 どうもコイ以外にもハトも餌付けされてるらしい、ハトにもメロンパンをちぎって投げてやる。 どこでもそうなのだが大概一羽はどんくさいハトが居るもので、さっきからソイツ狙って投げてるのにデカくて動きの早いずうずうしいハトに横取りばかりされている。 「ち、どんくさいヤツだなぁ」 デカいハトにフェイントで石ころを投げ、それを追いかけてる間に貧相なハトにパンを投げてやる。 が、それでも2回に1回は失敗して横取りされてる、ハトにも不器用な生き方しかできんヤツがいるらしい。 それにしてもハトといいコイといい無防備なヤツらだ、そんな事じゃ簡単に捕まえられるぞ。 まぁ捕まえても食うわけにも行かんが…。 …小学校の時同級生だった栄ちゃんのおじいちゃんを思い出した。 栄ちゃんのおじいちゃんだったら食うな、…うん、絶対食う。 だって、せっかく僕が捕まえてきたウシガエル・雷魚・ヘビ・コイ等々、うちの爺さんが勝手に全部あげて全部食われちゃったもんな。 いくら大腸無くなって何でも食べれる様になったといえ、そういうのはちょっと…。 日向ぼっこしながらエサを投げつつ、くだらないことを考えるのもたまには良いもんだ。 っていうか、【ひなたぼっこ】の【ひなた】はわかるが【ぼっこ】って何だろ? 春の陽気がぽかぽかと心地良い、脳みそが溶けそうだ。 ----------------------------- 第72話「二期目のストマ」 一期目のストマ(人口肛門)と二期目のストマはちょっと違う。(兵医の三期の話) まず、一期目のストマは小腸の最後で作るのだが、二期目のストマはJポーチを作ったその更に上の小腸の途中で作るので実質数十センチも短い。 だから当然消化時間が短いわけで、一期より二期目の方が下痢になる。 っていうか、ほとんど便は固まらない。 術後間も無い頃などは、お粥を食べたら御飯粒がそのまま出てきて非常に情けない思いをした事があるくらいだ。 (チリメンジャコの目玉がキラキラといっぱい出てきてビックリした人や、赤い物がいっぱい出て出血したと思って大騒ぎしたらスイカを食べ過ぎてただけの人とかも居ました) まぁ水様便の方がトイレで処理しやすいと言えば処理しやすいんだけど、消化液が一期目より強くて、漏れるとかぶれ易い感じがする。 また、一期の時と形や大きさが変わってくるので、ストマに合う装具もまた違う物になりやすい。 ニ期手術前はストマ装具の在庫管理に気をつける方が良いです、あまり沢山貯めていると無駄になる可能性があります。 (結局僕は余った装具は病棟に寄付しました。パッチテストや予備用に喜ばれました。) 僕は一期目は真ん丸のストマだったのでプロケアの凸型のハードタイプの装具を使っていたのが、二期目は少し楕円になったので自由な形に穴を切って開けられるバリケアの凸型のソフトタイプの装具に変わりました。 しかも、今回はお腹にしわができてたので、装具を付ける時には専用のパテをしわの部分に盛る必要があって、ちょっと面倒くさいことになってしまった。 真ん丸で、ぷっくり出てて、少し上向きなのが良いストマ。 まぁ、判り易くいえば「美乳と同じ感じ」ってとこだ。 ※ニ期目以降は下痢による脱水と便漏れによる肌荒れに注意しましょう。 変に慣れて来て失敗することがあります。 ----------------------------- 第73話「外出許可」 術後も2週間目くらいになるとかなり元気になってくる。 食事が三分粥→五分→全粥と上がってくるに従い体力も元に戻ってくるので、暇と体力と各種欲求を持て余してくる。 病院を脱走してコンビニに行っても良いのだが、所詮コンビニで入手できるものはしれている。 ここはひとつ、ちゃんと外出許可を取って街へ買い物だ! 外出願を書いてナースステーションに提出する。 「外行って変な物食べちゃダメよ、腸閉塞起こしても知らないからね!」 あう、バレバレだ。 武庫川は大阪梅田と神戸三宮の丁度中間なので、どっちに買い物に行くか悩むところだ。 大阪は人が多いので取り合えず三宮に行くことにして阪神電車に乗る。 駅まで歩いた後、電車の中で座らず立っていただけで何かしんどくなってくる。 堪らず座席に座ったが、まだ外出する程の体力は無かったのか…早くもちょっと後悔。 いやしかし、ここで引き返すわけにはイカンのだ。 本屋とマクドナルドと中古ゲームボーイソフトと、えーと、えーと…手ぶらでは帰れん! やはり病院の中とシャバでは勝手が全然違う。 人ごみを人を避けて歩くだけでかなり体力を消耗するためらしい。 へろへろになりつつ買い物を続ける。 「ヤバイ、ここにはナースコールがない!」そんなものが街中にあろうハズもないのだが、身近にナースコールが無い事に気付いて不安になる自分の病人根性が改めて身に染みる。 しかし「外出中に気分が悪くなって救急車で帰ってきた」などという不名誉な伝説を9階西病棟に残すわけにはいかないので、休憩を挟みながらペース配分しつつ買い物続行。 結局、外出届に書いた予定時刻を30分ほど回ってから病院に戻ってきた。 副主任さんに「予定時間に帰って来ないとだめよ。変な物買ったり食べたりしてたんでしょ」とニヤリと言われる。 図星だ(゚д゚; 疲れてヘロヘロになりつつ病室に戻ると晩御飯が置いてあった。 あぁ、しまった、マクドで食ったからもうお腹いっぱいだよ。 良く見るとお盆の横にメモが挟んである。 「お見舞いに来ましたが、居なかったので帰ります。また来ます、お大事に。」 (゚д゚; 親戚の従兄弟が見舞いに来ていたのだった。 あぁ、検査が無いからって日曜に外出したのは失敗だった。 人が多くて疲れるわ、居ない間に見舞い客来てるわ…。 次からは平日に外出しよう。 早速戦利品を物色しているとイシカワ君がやってきた。 「ヤナイさんがおらん時に誰か来てたよ」 「うん、知ってる。はい、お土産。本買ってきた。」紙袋を渡す。 「自分のベット戻ってから開けやー、でないと看護婦さんに見つかっても知らんで」 「・・・また危険なブツを買ってきたん?」 「ほんまは看護婦本を買ってきたかったんやけど、無かった」 「もう、カンベンしてよー」 入院の差入れはマクドかエロ本に限ります^^ ----------------------------- 第74話「退院」 二期目の退院はあっさりしたものだった。 術後2週間ちょっと、特にトラブルも無く順調に回復してめでたくシャバに釈放。 「それじゃあ帰るなぁ。また3ヵ月ほどしたら帰ってくるわぁー」 「食べ過ぎて救急車で病院に戻ってこないようにねー」 担当の看護婦さんと挨拶をするものの、気の抜けたもんだ。 病院が日常になりすぎて、退院というよりも長期の外泊のような感じがする。 帰り道、エレベーターの前で僕より先に手術をしたのにトラブルでまだ退院できない患者さんと出会った。 その人は僕より一週間前の手術で超音波メス(ハーモニクス)を入れる前のレーザーメスで手術を受けた患者さんだった。 「先に退院しますけど、頑張ってくださいね」 頑張れと言われた所で、これ以上何をどう頑張れば良くなるってものでもない。 しかも、自分よりあとの手術だったのに、トラブルで調子の悪い自分の先を越して元気に退院していく。 誰かが悪いワケでもないのは解ってるんだけど、解ってるだけに行き場の無いマイナスの感情。 …多分自分がその立場ならそう思うだろうと解っているんだけど、他に言葉が見つからない。 じゃあ何も言わなきゃいいじゃんと思うかもしれないが、それはそれで水臭いような気がするのだ。 だからトラブっている人と話をする時、僕はいつも悩む。 家に帰る。 いつも思うことだが家のベッドにはナースコールが無いのがなんとも不安だ。 ----------------------------- 第75話「目が…」 病院から戻ってきて会社や劇団やらに顔を出したり、あちこちウロウロしているうちに気が付いたことがある。 目が悪くなっている!! 日常生活では特に困った印象が無かったのだが、車に乗ると高速道路の看板の文字がよく見えない。 少し離れると人の顔が判断つかない、TVに近づかないと良く見えない、夜空を見上げてもオリオン座がどこなのか解らない、近所のラブホテルのライトアップが山火事に見える等々…これはかなりやばい。 病院では白内障や緑内障の検査をやって特に異常はなかったのだが、視力がかなり落ちてしまっていた。 秋からの数ヶ月を狭い病院内だけで過ごし、夜遅くにベットのライトだけで本を読んだりしてたのがまずかった。 去年までは視力1.2〜1.0くらいだったのに…ショックだ。。。 車の運転と、7月の芝居の公演(音響なのでキッカケが見えない)で困るので眼鏡を買いに行くことにした。 顔が大きいので基本的には眼鏡が似合わない。 多分一番似合う眼鏡は真ん丸で小さい眼鏡なのだが、それでは間違い無く笑いを取ってしまう。 あと、関西では黄色いベッコウのフレームも要注意だ、笑福亭笑瓶かタージンになってしまう。 結局、黒くて細い楕円のシンプルなフレームの眼鏡を買った。 度はホールの一番後ろの音響席から舞台の上の役者がよく見えるようにキツ目。